15 / 62

第15話

「後で、レポートにして大井戸署に送ってやるよ」 「ありがとうございます」と言いながらも広瀬はメモを続けた。 「小松がいなくなった後、妻はすぐに警察に届けた。失踪宣告がでれば、保険金は妻のものだ」 「7年後の保険金のために殺しをしますか?」 「さあな。あくまでも、早乙女瑠璃子が言っているだけだ」 「小松の妻は、早乙女瑠璃子が彼と不倫関係にあったことを知っていたのでしょうか」 「知ってたらしい。妻には当時、愛人がいた」東城は、自分の湯飲み茶わんをわきにおき、宿にあった便箋に人間関係を書いた。 「小松は、早乙女瑠璃子と付き合っている。妻は、愛人がいて、保険金をかけている。殺人事件の定番だろ」 広瀬は、小松の近くに4つの丸を書いた。それを大きな丸で囲い、『組合』と書く。そして、小松に向けて矢印を伸ばし『金を持ち逃げした復讐?』と書いた。 「この組合員4人は小松が生きてると思ってるから、殺しには無関係だろう」と東城がいうので、『復讐?』という言葉は消す。 「小松は、恨みをかっていたのは確かだ」と東城は言った。 「ヤクザ者の金を持ち逃げなんて、ずいぶんやばい橋をわたったんですね。よほど金が必要だったのでしょうか」 「そうだな。早乙女瑠璃子は、小松はいつも金に困っていたとも言ってる。理由はわからないが、興信所の経営はうまくはいっていなかったようだ。興信所といっても、仕事といえば、浮気調査や信用調査で、大した金にはならないし、仕事の量も減っていたそうだ」 「経営のために、金の持ち逃げを?」 「どうだろうな」 「もう一人の経営者のことは話していましたか?」 「そうそう。言ってたよ。そいつが小松の後、興信所をひきとって経営しているらしい。今は、何人か社員も雇ってるってさ。その男、浜口というらしいが、浜口は、小松が行方不明になる直前くらいに、経営方針についてもめていたそうだ」 そう言いながら、浜口という名前を書いて、小松に矢印を書く。 「早乙女瑠璃子自身は、小松についてどう思っていたんですか?」 「どうって?好きとか、嫌いとかか?」 「そうです」 「愛情がありそうにはなかったな。少なくとも今は、なさそうだ。醒めたというよりも、憎しみのようなものがあったな」 「どうしてでしょうか」 「それは、明日の話だと思う」 広瀬はうなずいた。便箋をみると、小松にむかっていくつかの矢印が書かれているが、どれも好意的ではない。彼の妻以外の家族や彼のことを好きな人間はいるのだろうか。まだ、見えない。 「死体は小松だという確認はとれたのか?」 広瀬は、うなずいた。「先ほど、高田さんから連絡がきました。遺体は、小松だそうです。明日の朝には、報道機関にも情報が公開されます」 「今日の組合の連中は金の回収ができず、残念がるだろうな」と東城は言った。そして、ネクタイを取り去り、ワイシャツの胸のボタンをはずしながら立ち上がった。 「仕事はここまでだ、広瀬。ゆっくりしようぜ。せっかくの温泉だ。この部屋は内風呂も露天も、写真で見る限りじゃあ、すごくいいんだ。背中流してやるよ」そして、広瀬を見下し口の端をあげた。「もちろん、背中以外も」

ともだちにシェアしよう!