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第20話

旅館の和室にある大きくて高級そうなどっしりした座卓にいっぱいの料理が並べられた。 陶板焼きの牛肉にズワイ蟹が一匹丸ごとついている。 小鉢もいっぱいついてきている。きのこと鶏肉、豆腐の鍋もあった。ご飯はお櫃できている。 東城がご飯を山盛りよそってくれた。こういう時には彼はかいがいしく広瀬の世話を焼きたがるのだ。 彼が冷蔵庫からビールを出してくる。日本酒も冷酒で用意されていた。広瀬の好きなバーボンの水割りセットも注文してくれていた。 ビールを薄いガラスの小さな細いグラスに注いでカチンと軽く合わせた。 「お疲れさま」と東城は言った。「おかわりもできるから、好きなだけ食って」 言われるまでもなく、広瀬は蟹に手を伸ばした。 しばらく黙ってもぐもぐ食べていると、「うまい?」と聞かれた。 広瀬はうなずきながらも口を動かしていると、また、笑顔になった。 「何か、変ですか?」 「いや、お前のたべっぷり、見てるこっちも楽しくなる」 「そうですか。それ、食べないんですか?」 「どれ?」 「その、酢の物」 「ああ、これ?」東城はキクラゲの小鉢を手に取る。「これ好きなのか?」 「美味しいですよ」 「食べる?」 答える代わりに手を差し出すと、首を横に振られた。 彼は箸で一口分とると、差し出してくる。 「なんですか?」 「食べさせてやるよ。口開けて。ほら、あーん」 箸と酢の物が顔の前にくる。 広瀬は顔を後ろにひいた。「自分で食べられます」 「知ってる。でも、こういうことしてみたいんだ」 よくわからない。 東城は、小鉢を持ったままくるっと座卓を回って広瀬の横にあぐらをかいた。 「はい」とまた差し出される。「食べて」口のすぐ近くにもってこられる。 その手がちっとも動かないので仕方なく口を開けると、そっと口のなかにいれられる。酢の物のこりこりした歯触りを楽しんだ。もっとと口を開けたら追加をしてくれる。 にこにこしているので「こういうの、楽しいですか?」と聞いた。 「ああ。すごく」 「食べさせるのが?」 「うん」 「そうですか」 もう一度口を開けた。 「今度は何を食べたい?」 「肉」 東城が陶板焼きの牛肉(多分かなり高級)を息を吹きかけて冷ました後で、口に入れてきた。

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