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第26話
翌朝、広瀬が車に乗ると、助手席で待っていた宮田が書類を読んでいた。彼は、その書類の表紙を広瀬に振って見せた。
「これ、群馬の報告書」
まだ、自分の報告書は正式には出していないはずだった。
「広瀬のじゃないよ。東城さんが書いて高田さんに送ってきたんだって。あの人、書類作るの早いからな。早乙女瑠璃子の話や小松の地元の悪い仲間のことが書いてある」
広瀬は手を出して書類を貸してもらった。
いつの間に書いて送ってきたのだろう。
群馬から東京へ戻る電車の中では東城は広瀬の肩にもたれかかってぐっすり寝ていた。東京に着いたらすぐに本庁に行っていた。自分の部署の仕事でかなり忙しそうだったのだ。昨日の夜だって、そんな時間があるようには見えなかった。
内容を見ると全てが精緻でかつ整然と記載されていた。このような完璧な書類を見せられると悔しくなる。自分も早く報告書を作成すべきだった。
ところが、宮田は方向違いのことを言ってきた。「高田さんに聞いたんだけど、温泉へは東城さんと行ったんだってな。高級旅館の温泉、どうだった?」
「東城さんが来たのは途中から。泊まったのは駅前のビジネスホテル」と広瀬は素早く答えた。
「なんで、俺に嘘つくんだ?東城さんが、有名温泉地で宿とらないはずないだろ」
確かに嘘つく必要はないのだが、なんとなく、二人で温泉に行っていたと思われたくなかったのだ。
広瀬は無言で書類を宮田に返し車をだした。
「いいなあ」と宮田は言った。「俺はそのころインフルエンザだったんだ。苦しくて全身痛くて、」
「何か言ってほしい?」と聞いてみた。
「まあね。同情してくれる人が欲しい」
広瀬は答えなかった。東城が言っていたのだが、宮田は難しい年ごろなのだ。
「いいよな、広瀬は仕事で愉しい温泉旅行」
「休みとって行ったらいいんじゃないか?」
「誰と?一人でかよ」
そんなにひがまなくても、と広瀬は思う。扱いづらいな。宮田の推定通り、温泉地で楽しんだのは確かだけど。
「じゃあ、行かなくてもいいよ、別に」そう答えると、宮田は笑いだした。これ以上広瀬を冷やかす気はないようだった。
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