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第29話

広瀬は、皿にあるブロッコリーをフォークで刺して口に入れた。 「殺人事件ばっかり調査していると、誰かを殺したくなりますか?」 「ああ、そうくる?殺人はハードルが高いから、相当量調査しないと、殺人で物事を解決しようとは思わない」 「なるほど。産業スパイは?」と東城の仕事について聞いてみる。 「簡単に金になるならやろうかって思う?」と東城は言った。「一緒に、警察辞めて、産業スパイになるか?お前、腕のいい産業スパイになれそう」 東城がそう言いながら頬をなでてきた。 「冗談でも、そういうことは」そう言ったら彼は喉を鳴らして笑った。 「お前がそんなことするわけないよな。仕事大好きだからな」と彼は言った。 仕事だけではなく、広瀬は東城とセックスが好きだ。 身体中がざわざわして、熱が回りきると、こだわらずに、なんでもできるようになる。彼の前で腰を揺らしてねだることも、命じられるままに卑猥な言葉を口にすることも。 最初のうちは、こんなことできないと思っていたようなことも、今では平気だ。慣らされたということなのだろうか。東城は、長い時間をかけて、広瀬のことを知っていった。どこをどうしたら広瀬が感じるのか、声をあげるのか、身もだえするのか。 広瀬も、彼のことをよく知っている。彼の身体の重みも、怖いほどの熱も、高ぶりも。 指を絡めあって深く唇をあわせると、いつまでも、広瀬を味わおうとしてくる。お互い、汗びっしょりになって荒い呼吸になっていた。 大きな快感が広瀬を包み、息がとまりそうだ。酸欠かもしれない。頭がぼうっとしている。 「すごくいいんだけど」 後ろから抱きしめられて、耳元でささやかれた。 「お前は?」 低い声だ。そう言いながら、耳の奥に舌を入れてきた。返事はできなかった。彼は広瀬の言葉を欲しがらなかった。知っていたからだろう。 彼が自分の中で弾けた。広瀬は自分がどこにいるのかわからなくなった。しがみついていないと、どこかに行ってしまう。 東城が抱きしめてきた。強い腕の力が心地よく、広瀬を地上にいるようにとどめてくれた。

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