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第32話
二人は工事現場を出た足で、小松のアパートに向かった。同じアパートの女性から大井戸署に電話があったのだ。
ドアのベルを鳴らすとややぽっちゃりした女性が顔を出した。彼女は、広瀬と宮田を見て意外そうな顔をした。
「あらあ。まあ」と声をあげ、特に広瀬の顔をじろじろ見た。「本当に刑事さん?」
宮田が身分証をだす。広瀬も自分の身分証をしめして見せた。
彼女は広瀬の手の中の身分証を穴が開くほど見ている。「警察の人って、イメージじゃないわね。ドラマかなんかの登場人物みたい」と彼女は再び広瀬の顔に視線を戻していった。
宮田は無言だ。彼女がひとしきり広瀬の整いすぎた容姿について感想を言い終えるのを待っているようだった。
どうでもいい話だったので広瀬は女性の話を遮った。「情報をご提供いただけると聞きました」
「ええ、ええ、そうよ。そうそう。こんなにすぐに来てくれるとは思わなかったわ」
女性は夫と二人でこのアパートに5年前から住んでいると言った。
「こんな話が役に立つかどうか」と言いながら、その女性は玄関口で二人に話をした。
「エレベーターで、小松さんとばったり会ったのを思い出したのよ。私、夜勤の仕事してて、夜遅くにエレベーターに乗るの。小松さんは昼間家にいたりすることが多くてね、たまにすれ違うと挨拶する程度のつきあいで、それでね、2年前の9月にも小松さんに会ったのよ。小松さんは、エレベーターを降りるところで、大きな箱みたいなもの持ってたわ」そう言いながら彼女は、両手を軽く広げてはこの大きさを示した。「タオルみたいな布で包んでて、変な感じだったわ。何かわからなかったけど、怪しい感じで。変ねとは思ったんだけど、それが何か聞くほどには親しくないから聞かなかったの」
その後、小松と会う機会はなく、しばらくして行方不明になったことを小松の妻から聞いた。
「行方不明って大変ねえって、近所の人たちと話してたのよ。気にはなってたんだけど、正直、忘れかけてたら、最近、ニュースで遺体が見つかったって騒ぎになってたでしょ。あの時の小松さんの荷物のこと思い出して、どうしても気になって電話したの」
「怪しいというのは、具体的にはどの点がでしょうか?」と宮田は尋ねた。
「大事そうに抱えてる感じとか、かしら。それと、そう、変な音がしたのよ。カサカサいうような音よ。箱からなんだけど、聞いたことのない音。小さい音だったから気のせいかもしれないけど、シャラシャラというか、カスカスっていうか、そんな音。小松さん、箱をじっと見てて、私に挨拶返してくれたけど、上の空だったわ」
女性の話はそれだけだった。小松を見た夜が何日だったかは覚えていないということだった。
9月の下旬だったのは間違いないらしい。そのころに仕事のシフトが変わったからそれだけは覚えているという話だ。
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