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第34話

「小松さんが、群馬で、違法賭博にかかわっていたことはご存知でしたか?」と宮田は聞いた。 小松の妻は、首を横に振った。「小松は、そんなことは、していません」知らなかったようだ。言葉を探すように区切っている。 「我々が小松さんの故郷に行ったら、小松さんが集めたお金をとって逃げたと言ってくる人たちがいました」 小松の妻の目が丸くなる。手が震えていた。「そんな、こと、あるはずがありません。小松は、自分の田舎のこと、大事にしていました。お母さんは亡くなって、兄弟とは離れ離れですけど、大事な思い出だって言っていました。懐かしい友人もいるって」 「その友人というのはどんな方かご存知ですか?」 「私は会ったことはないです」 「自分が会ったのは、暴力団関係者でしたが」と広瀬は彼女に告げた。 「まさか」と小松の妻は否定した。「小松が、暴力団とですか?」 「そうです。小松さんのことを探していました」 小松の妻はしばらく黙っていたが否定した。「小松は、気の小さい人でした。興信所の仕事でも、危ないことや怖いことが起こらないように起こらないように、細心の注意を払っていました。以前、受けた仕事のせいでヤクザが出てきたときには、すぐに手を引いて、その後、長い間、夜でも昼でもちょっと外で物音がすると怯えていました。そんな人が、危ない人たちと付き合うわけがありません」 「そうですか。そんな注意深い方が、もし、ヤクザと付き合うとしたら、理由は考えられますか?」 小松の妻は首を横に振った。「わかりません」 「仕事関係や友人関係で、違法賭博に小松さんを誘うような人はいませんでしょうか?」 小松の妻はじっと考えた。「田舎の知り合いで、私が知っているのは、一緒に興信所をやっていた早乙女さんです」 「早乙女瑠璃子さんですね」 「はい」 宮田は、手帳をみるふりをする。「早乙女瑠璃子さんは、小松さんと不倫関係にあったことを認めていました。ご存知でしたか?」 小松の妻はうなずいた。「はい」 「小松さんとは、その件で話をされたことはありますか?」 「話ってなんですか?」 「関係をとめるとか、別れさせるとかです。あるいは、小松さんと奥様が別れるとか」 「ああ」と小松の妻は目をしばたいた。「話はしたことがありません」 「どうしてですか?」 「どうしてって、話したくなかったからです」と小松の妻は答えた。 彼女は、早乙女瑠璃子の話には、はっきりとh答えなかった。違法賭博の話も、知らないと再び言った。 興信所の仕事の話はほとんど知らないのだ、とも言っていた。 「小松が、行方不明になった頃、私は、自分のことで忙しかったんです」と彼女は言った。 「私、オーガニック食品のお店で働いていまして、そこで、お料理教室もやっているんですけど、そのころ、丁度、教室の講座を2つほど任せてもらえるようになったんです。それが、うれしくて、ずっと、講座の準備のことばかりしていました。小松が興信所の経営で悩んでいたのは知っていたのですが、あまり、かまってはいませんでした。もう少し話を聞いてあげて、気にしてあげていればよかった」 大きな目からポロリを涙がつたった。 宮田が、動揺しているのが広瀬にはわかる。こういう美人が泣くと、頭では冷静にと思っていても、気持ちはそうはならないらしいのだ。 広瀬は、さっさとポケットからティッシュペーパーを取り出し、小松の妻に差し出した。そのてきぱきした動作に宮田の方が驚いている。 小松の妻は礼を言いながらティッシュを何枚かとり、涙をぬぐった。 「帰ってこないって思っていたんですけど、それっきりになるなんて思いませんでした。私に何も言わずに外泊するなんて、めったにしない人でしたから。何か困ったことに巻き込まれているって、私が、気づいてあげればよかった。自分のことにかかりきりで、なにも」と彼女は言葉を切った。 最後に、彼女は言った。 「でも、もう、あの人がいつ帰ってくるかって思わなくていいんですね。電話が鳴ったり、ドアが音を立てると、もしかして、あの人がって、いつも思ってしまっていました」妻はそういいながらティッシュでまぶたをおさえた。「ずっと、もしかしたら戻ってくるかもって、思ってました。心の片隅でいつもひっかかっていて。一生、こうだって思っていました。一生、ずっと」 彼女はまた涙をぬぐい、はあっと大きなため息をついた。 大井戸署で、宮田がその日の訪問の報告を終えると、その場のメンバーは静かになった。 被害者の家族の話は、気が重くなるものだ。 ところが、その空気を破るように高田が言った。 「今のセリフ、どこかで聞いたことがある。海外ドラマかなんかだ。小松の妻は、多額の保険金をかけてて、おまけに、今は愛人とよろしくやってるという一面もあるからな。判断は慎重にした方がいい」 「涙は本物だったと思いますが」と宮田は言った。 高田はうなずき、宮田を否定はしなかった。「犯罪を犯した本人が、後から本気泣くことは何回も見てきただろう。容疑者リストからはずすのは待てと言ってるだけだ」と彼は言った。

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