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第35話

夜に帰った後、広瀬がそんな高田の言葉を話すと、「高田さん、やけに懐疑的だな」と東城が電子レンジから皿を出しながら言った。 広瀬はテーブルにナイフとフォークを並べる。 今日は、石田さん特製の牛タンシチューだ。深い鍋でじっくり煮込まれたシチューを温めなおし、広瀬は大きな皿に牛タンをのせた。 付け合わせのジャガイモと人参、さやえんどうを東城が丁寧に皿に盛りつけていく。どちらかというと食事の見た目にこだわるのは東城のほうだ。 広瀬は、食器棚を開けてグラスを取り出した。 「ワイン?」と東城が聞いてくる。 広瀬はうなずいた。 彼がワインセラーを開け赤ワインのボトルを取り出す。慣れた手つきでコルクを抜いた。 広瀬が座ると、グラスに注いでくれる。 そして、彼も向かい側に座る。ワインは薄めの赤色ですっきりした味だった。どこかからのもらいものらしい。広瀬にはワインの味の良しあしはよくわからない。 「で、お前はどう思ったんだ?小松の妻はシロ?」 「わかりません」と広瀬は答えた。ガラスの大きなボウルからサラダを自分の皿にとる。手を伸ばすと東城がテーブルの端に用意してあったドレッシングをわたしてくれた。 「夫を亡くした気の毒な奥さんのような気もしますし、高田さんがいうように、海外ドラマのように演技をしている気もします」 「高田さん、家庭でうまくいってないんじゃないか。泣いてたんだろ、小松の奥さん。それを、そんな風に言うなんて、疑いすぎじゃないのか。自分の奥さんとなんかあったとか」 広瀬は、牛タンをナイフで切った。柔らかくてすぐに切れる。口に入れるとほとんど溶けるようだ。石田さんが腕を振るっただけのことはあり美味しい。 「まさか」と広瀬は東城に反論した。 「高田さんだって奥さんと喧嘩するだろ」 「高田さんは、私生活を仕事に持ち込む人ではないと思います」と広瀬は言った。 「お前ってさあ」と東城は言った。「周りの人に対する評価って全体的に高めだよな」 「正当な評価だと思いますけど」自分なりに見たり聞いたりした結果だ。 「俺以外の人間への評価は高めって気がする」 「ああ」と広瀬はうなずいた。「だから、正当な評価だと思います」 東城は大袈裟にため息をついてみせた。「冷たい奴だな」 「東城さんもいいところあると思いますよ」 「それは、とってつけたように、ありがとう。ま、俺のことはよく知ってるからともいえるか。俺以上にお前に関わっている人間いないからな。誰でも特に親しい人間には点数が辛いもんだ」 「そうですか」と広瀬は答えた。 「棒読みで返事すんなよ」と東城が苦笑いをしている。 「そんなことよりも、小松の妻が仮に殺したとして、その動機がわかりません」 「保険金かけてたんだろう」 「ですが、死体がみつからないと保険金は受け取れません。なぜ、もっとわかるところに死体を置かなかったのでしょうか。コンクリートの底に入れてしまったら、何十年もみつからなかったかもしれません。死体には身元がわかるものはありませんでした。仮に、死体が見つかっても、小松のものだと断定するには、さらに時間がかかった可能性があります」

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