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第36話

東城は広瀬に素直に同意した。「確かに、それは不自然だな。工事現場の監督だった男はなんて言ってたんだ?」 広瀬は、昼間に言った現場監督の話をした。犬の死体のことも。 東城は牛タンを切る手をとめて顔をしかめた。「犬の死体ね。確かに、そのころ、そんなような事件あったな」 「覚えていますか?」 大井戸署には犬の死体に関する書類があったのだ。犬は、撲殺されていた。小型犬だったようだ。腐乱していたらしい。死体の無残な写真は残っていたが、首輪はなかった。飼い主はわからないままだったようだ。 「ああ。犬を殺すなんてひどいことする奴がいるって、あの時思ったの思い出した。工事現場だから、ヤクザの脅しかなにかだろうとは思ったが、担当が別だったし、今まですっかり忘れてたよ。小松とその犬の死体がつながっているとは思わなかった」 「小松と関係があると思いますか?」 「あるだろ。人間の死体と犬の死体が同時期に偶然湧いて出るわけがない」 「犬のこと、調べてみることになっています。小松は興信所の仕事で、犬を扱っていたのではないかと高田さんが言っていました。迷子犬探しとか、そういったたぐいの仕事です」 「ない話じゃないな。小松を殺すときに一緒に犬も殺したのか。なんにしてもひでえ犯人だ。犬は殺す必要ないだろうに。目撃証言できるわけもないし、犯人に向かって吠えたって、裁判で証拠になるわけでもないのに」 東城は、憤慨していた。彼は、犬とか猫とか小動物が好きなのだ。飼わないのは面倒を見る時間がないからだ。 広瀬はワインを口にし、残っているサラダを全部自分の皿にとった。「同時に殺したとして、なぜ、小松の死体と一緒に、コンクリートの下に埋めてしまわなかったのでしょうか。不思議です」 東城は、少しの間考えていた。それから、思いついたことを言った。「犬は、目印だったんじゃないか?」 「え?」 「小松の死体の」 「なんでそんなことを?」 「わからない。だけど、犬の死体があれば、工事現場を丁寧にみて、小松の死体を見つけてもらえると思ったとか。犯人って意外な行動をするからな」 「意外すぎて、よくわからないです」 「まあ、俺も思いつきで言ってるだけだから。他の連中はどうなんだ?小松に脅迫されていた人間の中で、犯人になりそうなのは?」

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