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第39話

犬の飼い主の家は、大井戸署管内の住宅地の小さな一軒家で、狭い庭があった。並んだ植木鉢に、季節の花が咲いているのが小さなライトで照らされていた。 ドアベルを鳴らすと中年の男性と女性が出てきた。後ろには、不安げな顔をしている高校生くらいの少女も立っている。この両親と娘の三人家族のようだ。 足元では、小型犬が1匹いた。犬の爪がフローリングの床にあたってチャカチャカという音をたてている。そして、犬が口をあけた。吠え声ではなかった。シャクシャクという奇妙な音だ。 思わず広瀬は犬をじっとみてしまった。聞いたことのない鳴き声だ。犬が、風邪ひいているのだろうか。 「どうぞ」と父親は言い、宮田と広瀬を招き入れた。 リビングは広くなく、椅子が4つしかなかったので、高校生の子供は床のクッションに座り、犬をなでている。 「工事現場から死体が見つかったというのは、ニュースでみましたよ」と父親は言った。 結構、多くの人がニュースを見ているんだなと広瀬は思った。 「亡くなったのは小松さんという興信所の方です」と宮田は言う。「お電話でお伝えしたように、小松さんの書類から、このうちの方が迷子犬を探すのを依頼されたというのがわかりました」 父親は、うなずく。「確かに、お願いしました。だいぶ前です。でも、犬は、見つけてくれませんでしたよ」 「小松さんのことは前からご存知だったのでしょうか?」 「いえ。娘が見つけてきたんです」と父親は娘を示す。 宮田は娘に目をむけた。「どうやって見つけたんですか?」 娘は、宮田と広瀬をおずおずと見た。顔を赤くしている。しばらくためらっていたが、口をあけた。小さい声だ。「ビルの窓に、探しますって、貼ってあったのをみました」 小松が、宣伝用に窓に貼っていたのだろう。 「依頼されるときに小松さんに会われたのはお父さまですか?」 「私は仕事が忙しくて。会ったのは妻と娘です」 「日にちは覚えていますか?」 母親は、首をかしげている。「いつだったかしら。9月の下旬だったけど」 「9月20日」と娘が言った。 「よく覚えてたわね」と母親が言った。 「9月19日にいなくなったの。保健所に探しに行って」犬がいなくなったのだろう。「さっき日記見た」 「9月20日に依頼されたとき、小松さんは何か言っていましたか?」 「すぐに見つかりますって言ってましたよ。今時、野良犬は珍しいからって。特に小型犬は野良にはならないし、首輪もしているし、保健所にもいないんなら、誰かが、連れているのかもしれないって」と母親は言った。「手付金お渡ししたんですけど、その後、全然連絡もくれなくて。こちらの連絡にもでられなくて。結局、見つからないままでした」

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