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第49話
「何があったのか、ご存知のことを教えていただけませんか?」
長い沈黙の後、小松の妻は、視線を写真に落としたまま答えた。「おっしゃる通り、小松が、亡くなったのは、20日です」
宮田は思わず息をのんだが、その場にいた高田もベテラン刑事も反応を示さなかった。広瀬も無表情のままだ。
「私は、仕事が忙しくて、深夜に家に帰ってみたら、倒れていて、もう、死んでいたんです。頭から血が出ていました」
「救急車を呼ぼうとは?」
「死んでたんです」と小松の妻は答えた。「救急車なんて、呼んでも無駄でしょ」彼女は顔をあげた。先日泣いていたのとは違う人物の、さばさばした表情だった。「でも、私は殺していません。私じゃないです」
「では、なぜ、警察に届けなかったのですか?」
「真っ先に私が疑われると思いましたから」
「それは、また、どうしてそう思うのですか?」
「小松には、生命保険をかけていました」と妻は答えた。「それに、彼は浮気をしていました。事務所で雇っていた冴えない女と。これでは、私が小松を殺す動機は十分だろうと思ったんです。だから、警察は呼びませんでした。でも、私は殺していません」
そこは小松の妻はゆずらなかった。
「死体を隠してしまえば、疑われないと思ったのですか?」
「そうです」と小松の妻が答えた。
小松の妻の勤め先から、保冷材やドライアイスを持ってきて、遺体を冷やし、しばらく、死体は部屋に置いていた。そして、3日くらい後に、工事現場に捨てに行った。身元をわからないようにするために衣類も取り去り、工事中の穴の中に捨て、上から軽く土をかぶせたのだ。
「身体を冷やして置いたら死亡推定時刻ってわかりにくくなるって、テレビで見ました。だから、そうしておいて、それから、疑われないようにって思って、しばらく小松が生きてることにしたんです」
小松が生きているようにみせるため、彼の携帯電話をオンにして、朝、興信所に行き、都内を動き回ったのだ。
「23日に遺体を工事現場に運んだのですか?」
小松の妻は、首を傾げた。「多分、23日です」
「でも、24日に行方不明になったといって、26日に届けたんですよね?」
「ええ、そうです。見つからなかったから」
「見つからなかった?」
「ええ。工事現場に運んだ次の日、小松の死体が見つかると思ってました。でも、見つからなかった」小松の妻は言った。「どうしてでしょうかね。今でも不思議です。工事の人、気づかなかったのかしら。気づかないものなのですかね」その口調は本当に理由がわからないようだった。
「あなたは、小松さんに保険金をかけていた。自分が独立して店や教室を持つのに、お金が必要だったから、小松さんを殺したのではありませんか?」
「いいえ」と小松の妻はすぐに否定した。「私は殺してません。殺したのは別な人です」
宮田は、また、小松の妻以外の部屋にいる人間の表情をみた。全員、相変わらずの平常心だ。自分だけこの展開に動揺しているのだ。
「誰が、殺したのか、知っているのですか?」
「証言したら、罪が軽くなるんですか?」と彼女は言った。「聞いたことあるわ。犯人を言うと、減刑してくれるっていう交渉ができるって」
「その、アメリカのドラマみたいに、犯人と検察が交渉する権限は、まだ、我々にはありません。でも、捜査に協力的だったというのは裁判でも悪い結果にはつながらないと思いますよ」
小松の妻は、犬の写真を指先で押して、自分の前から遠ざけた。「殺したのは、島村さんです。小松が島村さんを脅迫していたんです。それで、殺したんです」彼女は忌々しそうに言った。「でも、小さい犬まで殺したりはしなくてよかったはずだわ。かわいそうに」
いや、そういうこと以前の問題だろう、と宮田は内心思った。
「島村さんが殺したという証拠は?」
小松の妻は、証言をした。
高田は小松の妻に死体遺棄罪について説明したが、彼女は上の空だった。「弁護士呼びたいんだけど」と彼女は言った。「よくドラマでは権利を読み上げるけど、ここではしないんですか?ほら、あなたには黙秘する権利があるとか、弁護士呼べるとか」
高田はその質問には答えなかった。
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