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第55話
「それで、犬は?犬の死体のことはどうなったんだ?なんで、犬だけが、早くに発見されてたんだ?」
広瀬は、きれいに骨がとれた白身魚をもらいたくて、自分の取り皿を東城に渡した。彼は気前よく半分以上の魚を載せて返してくれた。魚の身はふんわりしていた。薄い塩味だ。
「小松の妻と愛人が小松と犬の死体を捨てたのは、23日です。『多分』ですが」
「なんだよ、その『多分』っていうのは」
「2年前で、記憶があいまいだそうです」
「覚えてないのかよ」
「自分たちのアリバイを確かにするためのシナリオばかり意識していたから、実際にしたことがわからなくなったそうです」
そう答えながら広瀬は水餃子を一つ食べる。後いくつ残っているのか、どんぶり鉢の中を目で数えた。
「そういうもの、かもしれないな」と東城は言った。彼は、エビチリの残りを全部すくって食べていた。「人の記憶なんて、そんなものなんだな」
「犬は、別な場所に埋めたような気がするそうです。同じ工事現場ですが、小松の遺体を埋めた後で、車にまだ犬の死体があることを思い出して、別な穴に入れて、土をかぶせたそうです。遺体を埋めるとき、かなり慌てていて、犬のことにまできちんと対応できなかったそうです」
「それで、その穴から犬が見つかったんだったのか?違うような気がするけど」
広瀬は首を横に振った。「犬は、移されたんです。当時の工事現場のスタッフたちの勤め先を探して、話を聞きました。犬が穴にいたのはすぐに見つけたんですが、対応するのも面倒だから、ほおっておいて、適当に埋めようって、一部のスタッフが決めたそうです。でも、動物好きのスタッフが、このまま飼い主もわからず埋めるのはかわいそうだと思って、穴から取り出して、工事現場の目立つところに移したそうです」
「犬が見つかったのに、人間の死体はみつからなかったんだな」
「小松の遺体が発見された場所のコンクリートは、25日より前に流し込まれていた可能性があるみたいです。死体が埋められてすぐにコンクリートが流し込まれたようです。当時の書類と、実際の動きには、若干の齟齬があるようです。工事は工期が勝負ですから、ある程度計画や記録とは異なることをするんだそうです」
「コンクリ流し込むときに、変だって思わなかったのかな」
「そうですね。これは、高田さんの意見なんですが、工事現場の人も、変だって思った人いたはずです。なにか、違う感じとか、匂いとか。犬の死体のこともありますし。でも、工期が長引くのはコストがかかることになるから、多少のことには目をつぶって、処理してしまったんだろうということです」
「コスト重視で殺人の被害者の死体を埋めてしまったわけだ」
「あくまで、可能性です。本当に気づかないでコンクリ入れて、そのままだったのかもしれません」
広瀬は、最後の水餃子をとって食べた。
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