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第56話
ソファーに座って、タブレットを見ながら仕事の処理をしていたら、食卓の皿を食器洗い機に入れ終わった東城がリビングにやってきた。
「まだ、仕事してんのか?今日は終わりにしろよ」と彼は言った。
「でも」
「もう、寝なさい」と彼は冗談交じりに親のような言い方をした。「お前は、疲れてるよ。頭回らないから」
広瀬は抵抗しなかった。東城が広瀬に寝室のドアをあけ、彼がベッドに横になると掛け布団をかけてくれた。広瀬は大きなベッドで手足をゆっくり伸ばした。
「宮田と話したんだけど、お前、島村のヘリに乗って、四国に行くところだったんだって?宮田が止めようかどうしようか、あせったって言ってた」
宮田と東城は、お互いのことを陰でごちゃごちゃ言いあっているわりに、しょっちゅう電話で話したり、広瀬の知らないところで飲みに行ったりしているようなのだ。仲が良いのだろう。そして、広瀬の話題まで酒の肴にしているようなのだ。
「絶対に島村を逃がすなと課長と高田さんに命じられましたから」と広瀬は答えた。「何をしてもいいから、捕まえてこいといわれました。つかんでも、ひっぱっても、なんでもって。だから、ヘリで飛んでいかないようにしただけです」
「お前にそんな命令したら、何するかわからないだろうに、よくも、」と東城は言い、その後独り言で。「課長も高田さんも、お前の使い方がわかってきたってことなんだろうな」とつぶやいていた。
それからしばらく、東城は、ベッドの端に腰かけて、広瀬の髪をなでていた。その手や表情を目で追っていると、ふと、思い出したのだろう、彼が言った。
「石田さんが、この前、中華料理の次は、トルコ料理でもいいかって、聞いてきたけど、どうだ?」
「トルコ料理ってどんなんですか?」
「さあ。シシカバブ?」
「ああ。ドネルケバブみたいな?」
「それ、肉のでかい塊つるして焼いてるやつだろ。うちでどうやって作るつもりなんだろう」
「石田さんの料理ってどれも美味しいですよね」と広瀬は言った。
「だよな。そう思うと料理ってすごいよな」と東城は答えた。「上手い人とそうでない人では、同じ材料でも全然違うし」
「石田さんには、得意料理ってあるんですか?」
「え?さあ。どうだろう。この前会った時、何でもできますって言ってたぜ。今は、ネットで世界中のレシピがみられるからって。岩居の叔母によると、石田さん、海外のサイトとかもみてて、研究しているらしいんだって。現地の言葉も勉強するらしいぞ。料理のプロのSNSにも参加して、情報交換もしてる。だから、トルコ料理っていっても、見たことのないような現地料理かも」
「すごいですね」
「何事も、一流のプロっていうのはすごいもんだよな」
「ですね」と広瀬は同意した。
一流のプロになるには、どうしたらいいんだろうか、と思った。だが、眠気が襲ってきて深く考えることはできなかった。方法は明日か明後日にでも考えよう、と広瀬は思い目を閉じた。東城が額に軽くキスを落としてくる。
今度、東城と一緒に美味しい中華を食べながらでも考えてみよう。トルコ料理でもいいな、と広瀬は思った。
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