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インフルエンザ 5

どれくらい時間がたったか、ひんやりした感触が額にあたった。 「あ」 広瀬は額に手をやった。額に触れる別な手があたった。 目を開けると東城が心配そうにこちらを見ていた。 額には、冷却ジェルシートが貼られている。 「大丈夫か?」 広瀬は、答えようとしたが、咳がでて返事ができなかった。 「お前、高熱だぞ。インフルエンザだろう」 「なんど、ですか?」声がかすれる。 「なに?」 「熱です、おれの体温」 「知らない。けど、高熱だって。顔、赤い。頬も熱いし」と東城は言う。「さっき、母に電話した。お前がインフルエンザにかかったって、留守電に残しといたから、すぐに、来てくれると思う」まるで、役立つ良いことをした、というように東城が言った。「薬も持ってくる」 広瀬は、めまいがしたが、これは風邪のせい、と自分に言い聞かせ、必死に手を差し出した。 「体温計」 東城は、すぐに体温計を持ってきてくれる。 「やっぱ、保菌者だったんだな」と彼は言った。「大井戸署で流行ってただろ。予防注射って効かないことあるらしいぜ」 東城さんの実家の経営するクリニックで予防注射してもらったんですけどね、と広瀬は思いながら、体温を測った。自分では、それほど高い熱とは思えない。もともと平熱が低いので、微熱でも身体がきつくなりやすいのだ。 咳がでたり、鼻水がでるのも明らかに風邪の症状だ。 体温計がピーっとなった。表示をみていると、東城が広瀬の手から体温計をとった。 「38度もあるな」 「37度8分です。四捨五入しないでください」 東城が電話をかけようとしているのを、手で制した。 「どこに?」 「母から着信があったの気づかなかった。かけ直して、すぐに来てもらう」 「いりません。じゃなくて、えっと、来ていただかなくても、大丈夫です」 「だって、咳き込んでるじゃないか」 「すぐに、よくなります」 広瀬は何度も何度も断った。東城は不思議そうな顔をしていたが、母親に折り返しの電話をいれて、様子みる、明日また電話する、と言っていた。

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