3 / 62
1-3
ぶるぶると震える手で電話を切る。
丁度のタイミングで、颯馬の元に勇大が戻ってきた。その手にはペットボトルがふたつ握られている。
「ついでだからおまえの分も買ってきたし。俺のおごり。飲むだろ? ……って、颯馬?」
両手で持った携帯電話を見つめ、手を震わせている颯馬に勇大が頬を引き攣らせる。
「何してんの」
「……うん」
「携帯がどした?」
どうもしない。
どうかしたのは電話の内容。というか、自分だ。
「ちょっと待って……、何、今の……」
途端に全身の力が抜け、颯馬は地面にへたりと座り込んだ。
ぎょっとした勇大が一歩後退りをする。
「そ、そそ、颯馬? え、何腹痛いとか?」
「……何、俺……」
「ちょ、マジでどした!?」
慌てた勇大が地面に片膝をつき、颯馬の顔を覗き込んだ。
だが、勇大に視線を返すことはできなかった。颯馬の目は今通話を終えたばかりの携帯電話を凝視したまま。
心臓がどくどくと脈打っている。
何、今の。
何だ今の会話。
大きな溜め息を吐いて、颯馬はようやく腕を下ろした。携帯電話の角がアスファルトに当たる。
「立てる? っていうか大丈夫か?」
「……あー、……ごめん。つか何でもない」
心配してくれる勇大にやっとのことで視線を返し、口元だけで笑う。
呆然とした表情の颯馬に、具合が悪いわけではないと察した勇大が呆れて目を細めた。
「何でもないじゃねーよ。とにかく立てよ、目立ってるぞおまえ」
先に立ち上がった勇大が颯馬の腕を掴んで引き上げる。
のろのろと立ち上がり、颯馬は軽く膝を払った。
「ほれ」
「サンキュ」
勇大に手渡されたペットボトルを受け取り、キャップを開ける。半分一気に飲み干して、颯馬は大きく息を吐いた。
今の会話。
今の会話!
今の会話!!
――……先生、会えない?
――……。
――……会いたい、んだけど。
――……んー、おまえ今どこにいんの?
――え、K駅の近く。学校そこだし。
――K駅? 何だ、近いじゃん。
――近いって、どこから? 先生、今学校だろ? 結構遠い。
――俺の家から。まあ最寄り駅はK駅じゃないけど、帰りがけに通るよ。
――そうなんだ。
――待てる? 時間あるの? 五時半、……いや、六時までにはこっち出られるとして、車で飛ばしても三十分はかかるけど。
――あ、大丈夫。今日はバイト休みだし、時間は平気。あと一時間半くらいだろ。待てる。
――……そう? じゃあ、K駅のロータリーに本屋があるだろ。その前で待ってて。行くから。
――わ、わかった。
――じゃ、あとで。
――……うん。
それから電話は稔の元へ戻ったけれど、正直どんな話をしたのか覚えていない。
いつの間にか通話は途切れていて、颯馬はただ呆然と携帯電話を見つめることしかできなかった。
会いたい、とか。
何言ってんだ? 俺。
話したいとか、声が聞きたいとか、連絡先が知りたいとか、そういうものをすべてすっ飛ばしたことを口走ってしまった。
しかも、叶ってるし。
「……で、颯馬、これからどうする?」
同じくペットボトルを呷っていた勇大が口を開く。
ぎゅ、と携帯電話を握りしめ、颯馬は小さく足を踏み鳴らした。
「悪い、勇大。ちょっと用事入った」
「へ?」
「行かなきゃ、っつーか待たなきゃ、っつーか、何て言うかもう、その、ごめん、俺行く」
「ほえ?」
「じゃあな! また明日!」
「は? え、あ、うん、明日」
ぽかんと口を開けた勇大にぶんぶんと手を振って颯馬は走り出した。
待ち合わせの時間まであと一時間半。
ここから待ち合わせ場所まで歩いて五分。
いくら何でも早すぎる。
自分がどれだけバカなのかはよくわかっているよ。
だけど、だけど。
待ちきれない。
声が聞けない日常。
会えない日常。
それが今日、変わる。
嬉しくてどうしようもなくて、颯馬は本屋まで全速力で走った。
ともだちにシェアしよう!