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「シロやーん!! おっはよう!!」  大声と同時に背中にどすんと衝撃が走る。体当たりをされたのだ。  思わず呻いて坂城は背後を振り返った。 「……おまえな……、朝っぱらから何してくれるんだよ!」  坂城が怒鳴ると、男子生徒たちが悲鳴と笑いを混ぜた声を上げながら逃げていく。  呆れた目で生徒たちの背中を見送り、坂城は溜め息を吐いた。  大体にして坂城の朝はこんなふうに始まる。  生徒たちに懐かれていると言えば聞こえはいいが、高校生に「懐かれる」というのは「イジられる」と同義語だ。  別に朝一番で体当たりをされるのも構わないが、時にはひとり静かに物思いに耽っていたい朝もある。  特に、今日。 「……ったく」  廊下を進み、職員室に入り、朝の職員会議を適当に聞き流して音楽室へ移動する。  一時限目は一年C組。授業までは十五分ある。  あと十分もすれば生徒たちがここへ集まってくるだろう。  ピアノの椅子に腰を下ろして、坂城は携帯電話を取り出して短く息を吐いた。  昨日、砂原からメッセージが届いた。  返事をするべきか、このまま放っておくべきか。  いや、さすがに放っておくのはまずいか。それならばどう返信しよう。  坂城は昨夜からずっと迷っていた。 「どーすっかな、これ……」  正直なところ、砂原に連絡先を教えるつもりはまったくなかった。  坂城の部屋に行きたいという要求さえ、応えるのはギリギリの選択だったのだ。  気軽に応えられたのは、会いたいという願いだけだ。会って、食事をするだけ。  それだけならばいくらでも、何度でも応えてやれるのに、それ以上は少し辛い。  だが、連絡先を聞かれた時は逃げ場がなかった。  坂城の方から帰れと言った後ろめたさがあったから。 「……」  颯馬の気持ちは、随分前から知っていた。  他の生徒たちの懐き方とは少し違う颯馬の態度。どんな想いで坂城の元へ足を運んでいるのか、すぐにわかった。  純粋で、真っ直ぐで、幼い想い。  たとえ同性でも、ひたむきな颯馬の好意は坂城にとって嬉しいものだった。  だから、多分他の生徒よりも颯馬を気にかけた。  繊細で内向的で、ふとした瞬間に沈んだ表情を浮かべる颯馬を心配する気持ちも重なって、必要以上に手を差し伸べてしまった。  真っ直ぐに坂城を見つめる颯馬を、可愛いとも思った。  だが、それまでだ。そこから先へ進んではいけない。 「……あー、……とりあえず、保留」  携帯電話をポケットに戻し、坂城は教室の扉へ視線を向ける。  ばたばたと複数の足音が遠くから聞こえてくる。  それがだんだん近付いてきて。 「シロやぁーん、ちょっと聞いてよ、酷いんだよー!!」  ガラ、と扉が開くと同時に響き渡る女生徒の声。 「んだよ、どうした?」  眉を寄せて苦笑しながら、坂城は立ち上がった。 「あのね、あのねぇ!!」  駆け寄ってくる生徒たちに向かって、ゆっくりと歩き出す。  このまま時間をかけてゆっくりと距離をとっていけば、颯馬は自分のことを忘れてくれる。  きっと、そう。  それを自分は待つべきだ。  そんなことを思いながら、坂城は生徒たちの話に耳を傾けた。

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