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 4 『相談事があるなら聞くから。何かあればいつでも連絡しておいで』  メッセージを送ってから二日経って、坂城から返ってきたのはこれだけだった。 「……」  颯馬は携帯電話をジーンズの尻ポケットにしまった。  優しい言葉なのかもしれない。傍から見れば。  だが、どうしてもそこに拒絶の心があると颯馬は感じてしまう。  坂城の視線、口調、雰囲気。それらを目の当たりにした後にこれを読めば、素直に喜ぶ心は掻き消されてしまう。  これで『ありがとうございます』の一言を返して、坂城のことを綺麗に忘れることができたらどんなに楽かと思う。  だが、これで諦めて忘れられるくらいなら、とっくにやっていた。  何度も諦めようと思って、何度も忘れようと思って。  それでもだめだから、会いたいと口走ってしまったのだろう。  連絡先を聞きたくて、坂城の家まで行ってしまったのだろう。 「――……」  ぐ、と拳を握りしめて、颯馬は玄関を飛び出した。  鍵を閉めて、朝の爽やかな空気を大きく吸い込む。本当は家の中でずっと拗ねていたい気分だったが、こういう理由で学校を休むわけにはいかない。  沈みがちな視線を無理やり持ち上げて、颯馬はマンションの外廊下を歩き出した。  築年数の浅い鉄筋コンクリート造りの四階建てのワンルームマンション。最上階の角部屋で、学生のひとり暮らしにしてはかなりいい条件の部屋だ。  家賃や、アルバイト代だけではまかなえない生活費は実家が援助してくれている。そもそも、このマンションも颯馬が選んだわけではなく、家族が決めたものだ。  別に不満があるわけではない。だが、颯馬の進路もひとり暮らしの家のことも、すべて兄の八つ当たりなのだと思うとほんの少し息苦しくなるだけ。  それに加えて坂城のことでも思い悩んでいるものだから、普段よりも苦い思いが胸を占めるだけだ。  足取りが重くならないように勢いをつけて歩く。  駅に着いて、電車に乗って一駅。そこから歩いて五分の場所に学校はある。  九階建てのビルにいくつかの学科が入った専門学校。エントランスに向かって歩いていると、ぽんと背中を叩かれた。 「おはよ」 「……あ、勇大。おはよ」  聞こえてきた声に顔を上げる。背後から颯馬を覗き込み、それから勇大が隣に並んだ。 「……寝不足?」 「え、何で?」  勇大が自分の目の下を指差した。 「くま」 「え」  反射的に瞼を擦る。  そんなんで取れるかよ、と勇大が笑った。   「課題が出てたわけでもねぇし、何、バイト忙しかった?」 「いや、ちょっと……」  口ごもり、颯馬は視線を落とした。  坂城から返事があったのが昨夜遅く。アルバイトを終えてマンションへ戻ってすぐのことだった。  文面を見て、落胆して、自分で思っていた以上に坂城との関係に変化があればいいと期待していたことに気付いた。  何度拒絶されても願い続けて、叶わないとわかっていても期待をする。  そんな自分に疲れ果てて、何もする気がなくなってしまった。  床にへたり込んだままぼんやりと時間を過ごして、気付いた時には十二時を回っていた。慌てて風呂を済ませてベッドに入ったが眠ることはできなくて、夜中に何度もメッセージを見返していた。  当然だが、何度見ても文面に変化はなく、もしかしたら見間違いかも、とありえないことを考えては傷つく。そんなことを繰り返しているうちに朝になった。 「あー、体調悪いとか? そういや顔色もちょっと悪いし……、ちょっといい?」  顔を覗き込んできた勇大が手を伸ばし、颯馬の額に触れた。  思わず歩く足を止め、颯馬は勇大を見つめる。 「うん……、微熱? ちょっと熱い」 「や、寝てないからだよ。体調悪いとか、そういうのじゃない」  勇大の手が離れ、颯馬は緩く首を振る。 「何か疲れてて、逆に目冴えちゃって眠れなかっただけ」  眉を寄せた勇大が口を尖らせた。 「そう? それなら別にいーけどさぁ……」  いや、よくもねぇか、と続けた勇大が笑う。 「ま、一限目は柳川ちゃんの授業だし、寝てれば? ノートならあとで俺の写せばいいし」 「うん……、そうしよっかな……」  再び足を進め、颯馬は大きく欠伸をした。

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