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生徒たちを見送って雑務を片付けて、坂城は車に乗り込んだ。
大した仕事はしていないのに、何故だか今日は頭も身体も疲れ切った。
今日はビールでも買って帰ろう。そんなことを考えながら、車のエンジンをかける。
流れ作業のように車用の灰皿の蓋を開け、煙草を取り出す。
一本を咥えて火を点けて、それから助手席に視線が向いた。
「……」
先日乗せた颯馬の顔がちらつく。
『相談事があるなら聞くから。何かあればいつでも連絡しておいで』
あの日の礼を伝えてきた颯馬への返事としては脈絡のない、素っ気ないものだっただろう。
わかっていて、あれを送った。
あの文章で、颯馬は坂城の意図を察してくれるだろうから。
会って話をする度に、一歩、また一歩と傍へ寄ろうとする颯馬。だが、それ以上踏み込んでこないのは、坂城の心を読み取っているからなのだろう。
卒業式の日も、坂城に挨拶に来た颯馬は他にも何か言いたげにしていたが、結局三年間の礼を言っただけで帰っていった。
挨拶の後に続けられる言葉を、坂城が避ける空気を出したから。
今度もことも、それ以上はないと坂城が示せば颯馬は引き下がってくれる。
それでいい。
そうした方が、颯馬のためでもあるのだと坂城は思っている。
ここを卒業して新しい環境に身を置いているのだ。新しい友人に囲まれて過ごしていけば、過去のことなど綺麗に忘れられる。
応えてやれない坂城を想い続けることよりも、その方がずっといいだろう。
一回りも歳の離れた教師を、しかも同性を想い続けるよりも。
これまでのことは幻想だったのだと納得して、歳の近い、異性を想う方がいい。
そんな当たり前のことに、きっとすぐに気付けるから。
「……」
ふ、と煙草の煙を吐き出して、坂城はアクセルを踏んだ。
学校の駐車場から車道へ出て家に向かって車を走らせる。
帰宅ラッシュと重なる時間は人通りも多ければ車も多い。駅に向かって何台も連なるバスの後ろについてしまい、うんざりした。
普段なら多少の渋滞も許せるのだが、何故だか今日は苛々する。
半分しか吸っていない煙草を灰皿に突っ込み、坂城は細い路地へとハンドルを切った。
少し遠回りになるが渋滞していない道を使おう。
細い路地を抜け、国道を横切り、その先の住宅街へ車を走らせる。
次の信号を左折すれば、裏から自宅へ回れるのだ。
赤信号で停車をして、青になってアクセルを踏む。そこで思い出した。
ビールだ。ビールを買っていない。
「……あー」
コンビニエンスストアやスーパーマーケットで買ってもいいのだが、最近は海外ビールにはまっている。
疲れた気分を癒すのであれば、気に入っているものを飲みたい。
そうなると、売っている店が限られてくる。
自宅の近くに店はあるが、ここからでは反対方向になってしまう。一度自宅を通り過ぎて買いに行くのは面倒だ。
この辺りだとどこに行けば売っているだろう。輸入品を多く扱っている店。
瞬時に考えを巡らせ、思い出す。
そこの交差点を曲がった先。K駅の近くに、輸入ビールの専門店があった気がする。
確か店舗は小さかったが専門店だ。品揃えはいいだろう。今はドイツとベルギーのビールを好んでいるが、新たな出会いもあるかもしれない。
問題はその店に駐車場があったかどうかなのだが。
まあいいか、行ってみなければわからない。駐車場がなければ近くのコインパーキングにでも停めればいいのだから。
鼻歌まじりに煙草を取り出しながら、坂城はアクセルを踏み込んだ。
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