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「……どうしよっかなぁ」
ベッドにうつ伏せになって携帯電話の画面を見つめていた颯馬はぽつりと呟いた。
「……でも、なぁ……」
唇をへの字に引き結んで、枕の上に携帯電話を放り投げた。
うーん、と唸ってベッドに顔を埋め、しばらくしてがばりと起き上がる。
そして再び電話を持ち上げ、同じことを繰り返す。
迷っているのは、連絡をするかどうか。
相手はもちろん坂城に、だ。
自分が連絡することは歓迎されていないとわかっている。
けれど、連絡先を知ってしまったのだ。
どんなに我慢していても、何かしらのやり取りをしたいという欲求は湧き上がってきてしまう。
一度メッセージが来たきりで坂城からの連絡はない。
そうなるとわかっていたから、颯馬はずっと坂城に連絡ができるきっかけを探していた。
それは今も見つかっていないが、それでも連絡を取りたくなってしまったのは、今日、勇大との会話があったからだ。
勇大が驚くくらいの顔で笑って、楽しかった日々を思い出して泣きそうになった。
全部、坂城のことを思い浮かべて話していた。
やっぱり会いたい。
このままではどうしても嫌だ。
「……うーん」
だけど、どんな文面にすればいいのかまったくわからなかった。
迷ううちに、やはり明日改めて送ろうかと考え始める。
「……」
けれどやはり、連絡したい。
「……うーん」
流れ作業のように携帯電話を手に取り、枕に投げることを繰り返し、またそれを持ち上げようとした瞬間。
「――……うわっ」
突然、着信音が鳴り響いた。
驚いた勢いで携帯電話を取り、まじまじと画面を見る。
相手は、亮介だった。
高校時代の同級生で今は大学に通っている。
卒業してからはずっと文字でのやり取りばかりで、電話がかかってくるのは珍しかった。
久しぶりに直接話すなぁ、と思いながら、颯馬は電話を受けた。
「亮介?」
『あ、颯馬? 俺』
「うん。久しぶり。どした?」
懐かしい声に自然と頬が綻ぶ。颯馬は寝返りを打って天井を見上げた。
『あのさ、颯馬さ、今度の土曜って暇だったりする?』
「え?」
『おまえ専門学校だったよな。専門学校って土曜休み?』
「あーうん、土日休みだけど。何で?」
『いやさ、マツとエイジから回ってきたんだけど、土曜にみんなで学校遊びに行くかって』
「……え?」
『今度の土曜、颯馬は空いてる?』
「え、え、ちょっと待って。遊びに行くって、勝手に行っていいの?」
がばりと起き上がって、颯馬は声を張り上げた。
電話の向こうで亮介が苦笑する。
『いや、さすがに許可は取ったよ。マツがシロやんに連絡したんだって』
「――……」
その言葉に、上手く返事ができなかった。
マツがシロやんに。
それはいい。それはいいんだ、別に。先生はみんなから慕われていたから、マツとも仲が良かった。
そうではなくて。
連絡、した?
どうやって?
学校に電話をしたのか、それとも個人的に?
颯馬が連絡先を聞いた時はかなりの難色を示されたのに。
一度返事があったきり、それ以降何もないのに。
できるんだ。マツは。
気軽に連絡できて、気軽に返してもらえて。
坂城とそういうことができる位置にいるんだ、マツは。
『……颯馬?』
「あ、うん、聞こえてる。そっか、じゃあ勝手に行くわけじゃないんだ」
『そ。で、どう? 土曜。暇?』
「……うん、行ける」
『よしー、じゃあ放課後同好会に顔出す予定だから、十二時に駅前集合な。忘れんなよ』
「了解」
無理やり明るい声色を作って颯馬は頷く。
その後、亮介と互いの近況についていろいろ話したけれど、何ひとつ頭の中に入ってこなかった。
こんな感情、醜すぎて自分でも嫌だ。
だけど、止められなかった。
いいなぁ、羨ましいなぁ、ずるいなぁ、とマツへ向かう感情の中に、坂城への小さな苛立ちが混ざっていく。
何故マツなら良くて、自分はだめなのだろう。特別扱いだったはずの颯馬がどうして、蚊帳の外にいるのだろう。
悔しくて悲しくて、どうしようもなく颯馬の心は沈んでいった。
亮介との電話の後、結局坂城へメッセージを送ることはやめた。
ふてくされて、やめてしまった。
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