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「おわあああ、先輩、来たぁっ!!」  放課後の音楽室に入るなり、物凄い勢いの歓迎の声が颯馬たちを包み込んだ。 「お久しぶりですっ! 元気だったっすか!?」  次々に駆け寄ってくる後輩たち。  先頭に立っていたマツが「うるせぇ」と苦笑しながら彼らを蹴散らした。 「あーもう、元気かどうかは見りゃわかるだろ。男の群れに囲まれても嬉しかねーよ」 「はああ、マツ先輩相変わらずー。その冷たい感じがまたいいっ!」 「うぜぇ」  周囲をちょこまかと動き回る後輩に、マツがヘッドロックを決めてずるずると歩き回る。  うぎゃあ、とふざけ半分の悲鳴を上げながら、後輩が手足をばたつかせた。 「エイジ先輩はまた……、無精髭が……。健全な大学生に見えませんけどー」 「あ? だって俺、最近まともにガッコ行ってねぇもん」  新たに寄って来た後輩にエイジが悪戯っ子のように笑う。 「ええ、いいんですか、それ」 「いーのいーの。単位落とさなきゃ大丈夫」 「そういやこの前の電話でも昼から麻雀とか言ってましたっけ」 「昼から朝まで麻雀ね」 「うわぁ、不健康……」  エイジの学生生活の片鱗を知った後輩たちが顔を引き攣らせる。  まさか先輩まで、と話しかけてきた後輩に、亮介がさらりと答えた。 「ん? 俺は至ってマジメな学生やってるよ」 「ですよねー!!」 「颯馬先輩は!?」  自分に話が振られ、颯馬は目を丸くする。 「へ? 俺もマジメに学校行ってるよ、専門学校だけど」 「サボったりしてないんですか?」 「しないしない。うち出席日数厳しいし」  後輩の言葉に苦笑して、颯馬は改めて音楽室を見回した。  約束の土曜日。待ち合わせ場所から全員で学校に移動して、真っ先に向かったのは職員室だった。  かつての担任にそれぞれ挨拶をしにいって、それから坂城の元に全員が集まった。  同好会の後輩たちには、今日自分たちが来ることは知らせていないらしい。  俺は後から行くから、先に行って存分に驚かせてやれ、と言って坂城が笑っていた。 「ほれー、差し入れ持ってきたぞー」  不意に、エイジが大きな袋を机の上に置いた。  あ、と思い出して颯馬もエイジに駆け寄って持っていた袋を置く。  これは学校へ来る前に全員で買いに行った。本当はアイスクリームにしたい程の陽気だったが、渡すまでに溶けてしまいそうだったので全員分のペットボトルを買ってきた。好みなど気にしていられないので、店で適当に選んできたものだ。炭酸飲料もあれば乳飲料もあるし、緑茶も紅茶もある。  食堂に行けば紙パック飲料の自動販売機があるのでいい差し入れとは言えないかもしれないが、こういうものに大切なのは気持ちが籠っているかどうかなのでよしとする。  エイジと颯馬が袋からボトルを出すと、「うおおお」とか「やったー」という歓声と共に後輩たちが駆け寄ってくる。  颯馬は素直に喜ぶ後輩たちを可愛いなぁと思いながら眺めていた。  飲み物に群がる後輩たちの中にはちらほらと新しい顔がある。颯馬からは名札を確認できないので、学年はわからない。もしかしたら新入生も交じっているのかもしれない。  飲み物を取った後輩たちがそれぞれに礼を言ってキャップを開ける。ついでに自分たちの分も買ってきてあるので、最後にマツたちが飲み物を取りに来た。  適当にボトルを持ち上げて、颯馬もキャップを開ける。紅茶だ。  ごくごくと飲んでいると、音楽室の扉が開いて坂城が入ってきた。おー賑やかだなぁ、と教室を見回して笑う。  颯馬の横でマツが大声を上げた。 「シロやーん、ほいっ!」  言葉と同時に最後のペットボトルを持ち上げて投げる。  教壇横に置いてあるグランドピアノに向かっていた坂城がこちらを振り返り、ぎょっとしながら両手を上げた。  緩やかな弧を描いて飛んでいくペットボトル。  坂城が受け取ると、マツが「ナイスー」と笑った。 「おまえ、いきなり投げるな!」  坂城が呆れた顔をして、それからマツに礼を言う。  その様子をぼんやりと眺め、颯馬はさらに紅茶を呷った。

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