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 学校へ遊びに行くことを、颯馬はずっと楽しみにしていた。  坂城に会える理由ができた。しかも楽しかったあの場所へひと時でも戻ることができる。  マツのことを羨ましいと思ったり、上手く進まない坂城とのことでふてくされたりもしたけれど、それでも楽しみにしていたのだ。  だが実際、音楽室に入った時に感じたのは「お客さん」という立場の自分。  卒業してまだ間もないのに、ここは既に自分の場所ではなくなっているのを感じてしまった。  生徒として坂城に懐くこともできず、卒業生として坂城と話すこともできず、颯馬はぼんやりと時間を過ごすしかできなかった。  時折、亮介やエイジやマツ、それから稔たちが話しかけてくれた。その時は自分がこの学校の生徒だった時のように笑ってはしゃいでいたけれど、心はずっと坂城を気にしていた。  坂城は同好会の生徒たちを構ったり、話しかけにいったエイジたちと笑っていたり、普段通りの教師の顔でそこにいた。  その坂城に、颯馬の方から話しかけることはしなかった。  ひとりでぼんやりするうちに、この前ふてくされた気分が頭をもたげてしまったのだ。  自分の方から向かっていくばかりで疲れてしまったのかもしれない。  颯馬が坂城に近寄ることをやめたら、本当にそこで止まってしまうのに。  案の定、坂城が颯馬に話しかけてくることは一度もなかった。  あっという間に下校時間が訪れ、生徒たちが音楽室を後にする。残ったのは自分たちと坂城だけ。  せっかくだからみんなで夕飯でも食べに行こう、とマツが提案し、それに坂城も乗ってくれた。  自分たちは徒歩で、坂城は車で、学校から少し離れた場所にあるレストランへ移動し、卒業後のことをそれぞれ話しながら食事を終えた。  食事代は坂城が出してくれた。会計を終え、全員で外に出て、坂城へ礼を言って解散する。  駅へ向かって歩いていく三人から少し遅れて、颯馬も歩き出した。  歩道へ出て、駅へ向かって歩いていく三人の背中を追い、颯馬も歩道へ足を踏み出そうとした。  けれど、どうしても足が進まなかった。  今日、一度もまともに坂城と話していない。今さらそれを後悔して、颯馬は背後を振り返った。 「――……」  坂城は一歩も動かず、そこにいた。  ライターで煙草に火を点けている坂城が、ゆっくりと顔を上げる。そこに颯馬の姿を見つけ、ほんの少し驚いたような顔をする。 「……」  一歩、颯馬は坂城の方へ足を戻した。  困ったように坂城が視線を逸らす。もう一歩、颯馬は坂城へ歩み寄った。  どうしよう、どうしよう。何を話そう。  もう一度、ごちそうさまでしたと礼を言おうか、それとも今日は久しぶりに同好会に顔を出せて楽しかったと言おうか。  それとも――。 「砂原」  迷う颯馬の耳に、坂城の低い声が届く。 「送ろうか?」 「え?」 「送るよ」  颯馬を一瞥して、坂城が駐車場の中へと歩いていく。慌てて颯馬もその後を追った。 「先生? え、何で?」 「ん? ……あー、何かさ、……話したそうだったし」  砂原が、と坂城がつけ加える。  その言い方は何だかずるい気がする。釈然としない気持ちを抱えながら、颯馬は坂城を追っていく。  運転席に座った坂城に続いて颯馬も助手席のドアを開けて乗り込んだ。
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