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 無言のまま坂城がエンジンをかける。バックをして、方向転換をして、車道へ出た坂城が駅とは反対方向へ車を走らせた。 「あ、悪ぃ」  そう呟いた坂城が窓を開ける。外気が勢いよく舞い込み、煙草の煙が流れていった。  緩く拳を握りしめ、颯馬は坂城を見上げる。 「……俺、話したそうに見えた?」 「違った?」  颯馬の問いに、質問で返してくる坂城。  ずるい、ずるい。  本当は、話があったのは先生の方なんじゃないの?  そんな言い方だったではないか。  唇を噛みしめ、颯馬は急いで話題を探す。たとえ坂城がずるくても、颯馬の方から話を振らないと会話が成立しない。今日はそんな雰囲気が漂っている。  せっかく坂城が送ると言ってくれたのだ。颯馬の家に着くまで、できることなら話をしたい。 「……あ、マツが、今日のこと先生に連絡したって聞いたけど……」 「ああ、うん」 「それって、どうやって?」 「ん? どうって、俺宛てに電話があったんだけど……」 「学校に、ってこと?」 「ああ、そういう話か」  ふ、と坂城が小さく笑う。 「教えてねぇよ、俺の個人的な連絡先なんて。教えるつもりもねぇし」 「……」 「俺な、こんな感じだけど、自分なりの教師像ってのはそれなりに持ってるつもりなんだよ。だから、名簿に乗せる自宅の電話番号は仕方ないとして、携帯まで教えるのは自分的にはルール違反なわけ。教師と生徒は学校内でだけ。それ以外では極力関係しない」 「……うん」 「ま、在学中のおまえを車に乗せた時点で説得力はねぇだろうけど」 「……でも、わかってたよ、俺。先生がそういう考え方だっていうのは」 「……そうだな、それは俺もわかってた」  低く、坂城が言った。  颯馬がわかっていることを、坂城もまたわかっている。今の言葉はそういう意味だ。  つまり。  坂城に拒絶されていることを颯馬がわかっている、ということを坂城はわかっている、ということ。 「……」  それで、こうやって乗せるんだ。  じり、と心の奥が焼けつくような感覚がした。  何故坂城は颯馬を車に乗せるのだろう。学校以外では関わりたくない。そう思っているのなら、何故。  今日だって、今だって、坂城の方から提案してきたのに。  よくわからない。  だが、ひとつ確かなことは、ふたりきりになった途端、雰囲気がどこかおかしいこと。  今までのように坂城が笑ってくれることはないし、颯馬もふてくされた心のままでいるから。  話題も、少しおかしい。  マツのことを聞いたのは、これ以上羨んだりしたくないから確認したかっただけで、こんな話をしたかったわけではない。 「……先生?」 「俺さ」  颯馬の言葉を遮って、坂城が口を開いた。  いつの間に消したのか、坂城が二本目の煙草に火を点けている。それから、ふう、と細く煙を吐き出した。 「おまえが俺に言いたいことはわかってるんだよな、悪いけど」 「――……え?」  颯馬は目を丸くした。  自分が坂城に言いたいこと。それは、坂城のことが好きだということだろうか。  確かにあからさまにした覚えはないが、坂城の前でひた隠しにしていた覚えもない。気付かれていてもおかしくない。というより、多分気付いてほしかったのだろう。  だが、何故今その話をしてくるのだ?  颯馬は今、坂城に対して何も言っていないのに。 「俺はおまえの悩みも聞いてる。兄弟仲が悪いってこととか」 「……う、ん」  何故だろう。理由はわからないのに、心臓が激しく鳴っていく。  嫌な予感。  そんな感じだ。 「それ聞いてきた俺の結論だけどさ」 「……」 「幻想、じゃないかな、全部」 「え?」 「俺に、理想の兄の姿を重ねてるだけ。そう思わない? 砂原は」 「……」 「自分の兄が本当はこんなふうに話を聞いてくれたらいいとか、そういうふうに思ってない?」  坂城が煙草を深く吸い込む。 「俺はそう思うんだよな。だから、早く気付いて現実を見てほしいっつーか。男同士だし、卒業したらすぐに気付いてくれると思ってたけど、何か無理そうだし、この際だからはっきり言っておこうと思ってな」 「……っ」 「俺はただの母校の教師。いくら理想を重ねても、俺がおまえの兄になることはないし、それ以上になることもない。今の学校に友だちもいるだろ。そいつらと、これからのことを考えていくべきなんじゃねぇの?」  ――嘘つき。  やはり嘘だった。颯馬が話したそうだったからなどではなくて、本当は坂城が話したかっただけ。  ずるい。本当にずるい。  こんなふうに告白する機会もないまま振るなんて。  本当に、ずるい。  そう思った瞬間、一気に思考が弾け飛んだ。

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