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 8  大人のデートとは。  アルバイトを終えて坂城の部屋で夕飯を食べさせてもらった夜からずっと、颯馬はこのことについて悩んでいる。  デートについて。しかもただのデートではない。大人が楽しめるデートだ。  坂城とのキスが初めてだった颯馬は当然デートというものにも縁がなかった。坂城とのことを抜きにして、今までの颯馬の人生でデートというものに一番近かった出来事といえば、高校生の時にエイジやマツ、亮介と共に、女子を含めたグループで遊園地へ行ったことだ。しかも厳密にいえば颯馬にとってのデートではなく、ひとりの女子がマツに想いを寄せていて自分たちはそれに付き合わされただけだった。ちなみにそれをきっかけにしてマツとその女子は付き合うことになったのだが、颯馬の身に似たようなことが起こるわけもなく、過ぎてみれば女子よりも男子と話している時間の方が長く、「女子のいる華やかさ」や「女子に感じるときめき」などという言葉からは程遠かった。  それが一番、颯馬がデートというものに近寄った瞬間だ。  縁がなかったので、そういった話題で友人と盛り上がったこともない。お決まりのデートコースや一番夜景の綺麗なデートスポットなどという言葉は聞いたことがあるが、それが自分の身の回りのどの場所を示しているのかはわからない。  何となく、デートと言えばこういうことをするというイメージは持っているが、映画、ランチ、カラオケ、公園、遊園地、どれも中学生や高校生が制服姿で手を繋いで笑い合っている絵が思い浮かぶ。  坂城がマイクを片手にカラオケで歌っている姿、坂城が颯馬と手を繋いでジェットコースターへ駆け出す姿を想像して慌てて掻き消す。絶対に違う。こういうものを坂城が楽しんでくれるとは思えなかった。  そもそも何故こんなにも思い悩んでいるのかといえば、デートをしたいと頼んだ颯馬に坂城が言ったのだ。  じゃあ当日までにどこに行きたいか考えといて、と。  それでああでもない、こうでもないと考えることになった。  本当は坂城としたいことはたくさんある。けれど、颯馬だけが楽しいデートでは意味がない。颯馬と一緒にいて坂城も楽しいと思ってくれなくては嫌だ。  だから大人のデートがしたい。けれど、それがわからなくて困っていた。  颯馬が二十歳を過ぎていたら一緒に酒を飲みに行けるのだが、今はまだ無理だ。坂城は音楽が好きだから、クラシック音楽が聴ける場所へ行ってもいいと思うのだが、颯馬が眠らずにいられる自信がない。大人のデートだからといっていきなりホテルに行きたいと言う度胸も覚悟もないし、そもそもキスだけで精一杯の颯馬がそんなことを言い出したら、盛り上がるどころか坂城に心配されてしまうだろう。  デートという形ではなかったけれど、ドライブは今までに何度かしてきた。それでもいい。坂城の運転は好きだ。助手席に乗っているのがとても心地よくて、前を見つめる坂城の横顔を見るのも好きだ。  けれどやはり、少しは特別なことをしたい。  どうしようかな、と呟きながら浴室から出ると、ベッドの上に投げておいた携帯電話のランプが点滅していた。  近寄って画面を確認すると着信があったらしく、相手の名前が表示されている。その文字を見て、颯馬は小さく眉を寄せた。

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