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「おまえ、学生のひとり暮らしのくせに結構いいとこ住んでるのな」
部屋の中を見回し、坂城が感嘆の息を吐いた。一般的に見聞きするひとり暮らしの学生の部屋よりも広く、綺麗な物件だということは颯馬にもわかっていた。十帖程の洋室のワンルームで風呂とトイレは別。家電製品や家具なども新品で揃えられていて、不自由がないどころか凝ったインテリア用品まで置いてある。颯馬がどれだけ世間一般に疎くても、直感的にこれは違うと思っていた。すべて兄が用意したものだ。
「ここ家賃いくら?」
「……わかんない。全部、実家がやってくれてるから」
ああ、そういうことか、と呟いた坂城に緩く頷いて、颯馬はキッチンに立ち電気ケトルで湯を沸かし始めた。
「……コーヒーなくて、……先生、カプチーノでもいい?」
「何でもいいよ」
手持ち無沙汰なのか、坂城が室内を一周し、颯馬の手元を覗きに来る。見られると何故だか急に緊張してくる。颯馬は不揃いのふたつのカップにカプチーノの粉末を恐る恐るスプーンで量り入れた。
「……で、何があった?」
真剣に颯馬を気遣うような坂城の声に、スプーンを持つ手が小さく震えた。
「……大したことじゃないよ」
俯いたまま答える。
「……大したことじゃ、ないんだけど……」
「話してみろって」
「……電話があって、……兄と話した」
「……」
「最近全然連絡してなくて、久しぶりに声聞いたら、何か……」
「……そっか」
隣に立った坂城の手が、ぽんと頭に乗せられた。同時に電気ケトルの湯が沸く。
俺がやるよ、と言った坂城がケトルを持ち上げ、カップへ湯を注いだ。ふわりと甘い匂いが沸き立ち、颯馬は深く息を吐く。スプーンでカップを掻き回し、坂城がひとつ手渡してきた。
小さく礼を言って受け取り、冷ますために息を吹きかけた。
「甘っ」
すぐさまカップへ口をつけた坂城が声を上げ、苦笑する。
「こんな甘いの久々に飲んだ」
「先生、甘いもの飲まないの?」
「あー、ほとんど飲まない」
「すごいね」
「何がだよ」
笑った坂城に促され、颯馬はソファへ移動した。テーブルへカップを置いて腰を下ろすと、隣に坂城も座る。再びカプチーノを飲んだ坂城がもう一度甘いと零した。
「で、久しぶりに家族と電話で話して、落ち着かなくなった、ってわけか」
息と共に吐き出された言葉に、颯馬は頷く。
「……ごめんなさい」
「何で謝るんだよ」
「だって、先生にわざわざ来てもらう程のことじゃないだろ、普通は」
颯馬に視線を向け、坂城が呆れたように目を細めた。
「おまえの言う普通ってのが何だかよくわかんねぇけど、俺にとっては、恋人の様子がおかしければ駆けつけるのが普通なんだけど?」
「――……」
……恋人。
恋人って言った。
颯馬の視線の先で坂城がほんの少し表情を崩した。
坂城のこんな表情は初めて見る。学校でも、颯馬とふたりでいる時でも決して見せたことのない顔だ。坂城と本当の意味で近しくなった相手にだけ見せる、特別なもの。それを今自分が見ている。
とくん、と心臓が小さく跳ねた。
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