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9-2
「……先生」
「ん?」
「こ、恋人の様子がおかしくて駆けつけて、そしたら普通はどうするの?」
「……慰めたり、嫌なことを忘れさせたり、とか?」
「ど、どうやって?」
小さく笑った坂城が身体を颯馬へ向け、抱きしめてきた。兄と電話で話してからゆらゆらと不安定に揺れ動いていた心が、坂城の体温に包まれることで落ち着きを取り戻していく。
しばらく腕の中でじっとしていると、やがて颯馬の額に坂城が唇を押し当てた。柔らかなキスに心臓が再び強く脈打ち始める。
「先生」
「何?」
「キスしたい」
素直に告げると坂城が顔を覗き込んでくる。間近で見つめ合うことがキス以上に恥ずかしいことのように思えて、颯馬はぎゅっと瞼を閉じる。
鼻先に坂城の唇が触れた。次に頬、その次に瞼。
なかなか唇に辿りつかないキスにもどかしくなり目を開けると、触れ合わせるだけのキスをされた。
この前のように舌を触れ合わせるようなキスをするものだと思っていた。けれど坂城の唇はすぐに離れ、今度は耳を甘く食んでくる。
そのまま唇が首筋へ移動し、颯馬は思わず肩を竦めた。
「……っ、先生」
「どうした?」
「くすぐっ、たい」
だからやめてくれ、という意味を含めた言葉だった。けれど坂城は颯太の髪を撫で回すだけで、首筋へのキスを止めてくれない。
坂城の胸を押そうとしても身体は離れず、それなら自分から離れようと背を丸めると、そのままのしかかられてしまった。
坂城の体重を颯馬が支えられるはずもなく、ソファに倒れ込む。
「う、わ」
ふ、と視界が暗くなる。見上げると、目の前に天井を背にした坂城の顔があった。
押し倒されていると認識する前にキスをされる。先程までのキスとは違い、今度は坂城の舌が颯馬の唇を割って中へ入り込んでくる。
この前、颯馬のような初心者は、こういう時はとりあえずされたことをそっくりそのまま返せばいいと教わった。
だから今も、坂城にされたことを坂城へ返さなくてはならない。舌を絡めて、吸い上げて、唇を食んで、それから、それから――。
「……んっ」
不意にTシャツの中へ坂城の手が潜り込み、考えていたことがすべて吹っ飛んでしまった。素肌に触れ、腹から上へ撫で上げていく坂城の手の感触がくすぐったくて、颯馬は身を捩る。
「ん、……ん、ぁ、せんせ……?」
キスから逃れ、何してんの、と小声で問う。
「さっきも言っただろ。朝までいるけど、手出さない自信はないって」
「それって、その、つまり、……セックスする、ってことだよね?」
「まあ、最後まではできないと思うけどね」
最後まで、というのはどういうことだ。途中までならするのだろうか。途中とは一体どこまでだ。というより男同士でのセックスとなると、どうすればいいのだろうか。そもそも男女間での営みも颯馬はかなり曖昧な知識しか持ち合わせていないというのに。
頭の中で疑問がぐるぐると物凄い勢いで回っている。
黙りこくってしまった颯馬の反応を、最後までできないと言った坂城への不満と受け取ったのだろうか。坂城が聞き分けのない子供を説き伏せるような口調で言葉を続けていく。
「砂原、ゴム持ってる?」
「……ゴム、って?」
「コンドーム」
「な、ないよ」
「だろ? 俺もすぐ帰るつもりだったから用意してないし、今からコンビニに買いに行くのも興覚めだし、それに……」
「……それに?」
「おまえ初めてだろ」
「……う、ん」
「だから、ゆっくり慣らさないと」
怖いとか痛いとか思わせたくないわけよ、俺としては、と付け加えられた言葉に、頬が一気に熱くなった。
玄関で坂城に抱きついて、手を出さない自信はないと言われた時に、これから何が起こるのかをわかっていて頷いた。
今も、慰めたり嫌なことを忘れさせたりする方法がどんなものなのか、わかっていて坂城に問いかけた。
覚悟も度胸もないけれど、それでも坂城と朝まで一緒にいたかった。
こんなふうに触れられることはわかっていた。けれど、実際に坂城の手が胸に触れた瞬間逃げ出したくなってしまった。こうして押し倒されるのは颯馬が想像していたよりもずっと恥ずかしいことだった。
「……っ」
逃げ道はどこにもない。ここは颯馬の部屋だし、上に乗っている坂城を押し退けることはできないし、やめてほしいと言葉にすることもできない。
硬直する颯馬に坂城がキスをしてくる。
「怖いことじゃねーよ、砂原」
「でも、俺……」
「何も考えなくていいから。おまえはただ俺のことだけ考えて、気持ちよくなっていればいい」
低く囁いた坂城が反対の手で颯馬の手を握る。そしてその手を坂城の頬に触れさせた。
「俺に触りたいって思わない?」
「……さ、わっていいの?」
「いいよ。だから俺のことだけ考えてろ」
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