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「で、連絡が遅れたってわけか」  坂城の胸に顔をうずめたまま颯馬は頷く。扉を開けて出迎えてくれた坂城に靴を脱ぐのも忘れて抱きつき、連絡が遅くなった理由を説明し終えたところだ。勇大は一時間だと言っていたのに、結局は三時間いろいろな場所へ連れ回されてしまった。最初にファミレス、その後勉強の息抜きだと言ってゲームセンターへ、そういえばヘアワックスが切れてたから買わなくちゃ、と何故かドラッグストアにまで連れて行かれ、最後にカラオケに行こうと誘われたのでさすがにそれは断った。その時まで携帯電話は取り上げられたままで、颯馬が自棄になってそのまま帰ろうとしてようやく返してもらえた。別れ際、勇大に少し冷静に考えろと言われたけれど、やはり勇大が何故そんなことを言うのか、何を冷静に考えなければならないのか、颯馬にはひとつもわからなかった。  勇大と別れてから慌てて坂城へ連絡した。仕事を終えて学校から出ていてもおかしくない時間だったので、連絡は電話にした。  怒られると思っていたが、電話に出た坂城の声は普段通りでほっとした。今料理中で迎えに行けないから部屋まで自分で来てほしいと言われ、急いでここまで来たのだ。  マンションへ向かっている間、ずっと坂城のことを考えていた。早く会いたくて、抱きつきたくて、キスをしたくてたまらなかった。勇大に坂城と繋がっているものを断たれてより強く自覚した。  自分がどれだけ坂城のことが好きなのかを。  どんなふうに坂城のことを想っているのかを。  ただ綺麗なだけの「好き」ではない。この心の中にあるものはもっと重くて、ドロドロとしていて、醜く激しいものだ。  坂城が持っているものをすべて乞う、欲の塊だった。  わかってしまうと瞬く間に膨れ上がる。その体温に、その手の感触に、匂いに、すべてに包まれたかった。  そんな願いを抱えて坂城の部屋に辿り着いたのだが、事は颯馬が思っているようには進まなかった。  両腕で抱きついている颯馬に対し、坂城は煙草を吸っているので左手が軽く肩に触れているだけ。それが今日の勇大との一件の罰のように思えて、颯馬はさらに強く抱きついた。 「とりあえず入ったら? メシにしよう」 「……うん」  ゆっくりと坂城から身体を離して靴を脱ぎ、キッチンへ向かっていく坂城を小走りで追いかける。 「もう勇大の前で携帯触らないようにするよ」 「別にそんなことしなくていいんじゃない?」  颯馬に視線を向けることなく返ってくる言葉。坂城の口調はいつもと同じ穏やかで優しいのに、何故か突き放されているような気持ちになる。無性に不安を掻き立てられて、颯馬はコンロへ歩み寄ろうとしていた坂城の腕を掴んだ。 「先生」 「ん?」 「……怒っ、てる?」 「別に怒ってねぇよ。怒る理由もないだろ」  煙草の煙を吐きながら坂城が笑う。けれど、会えばいつも坂城は颯馬の髪を撫で回してくれるのに、それがない。せっかく下の名前で呼んでくれるようになったのに、今日は一度も颯馬と呼ばれていない。怒ってないと言われても素直に信じきれないのは、颯馬の中に後ろめたさがあるからなのだろうか。  このまま坂城に嫌われてしまったら。高校の時のように拒絶され続ける時間が戻って来てしまったら。  それを考えるだけで足が竦む。怖くてたまらない。  失いたくない。  どうしても、どうしても。何をしてでも。  もう、自分を振り返らない背中を見ているのは嫌だ。 「……先生」 「だから何だよ。俺腹減ってんの。メシにしようって」 「先生」 「火、点けていい? 昨日おまえが食いたいって言ってたビーフシチューなんだけど」 「先生!」 「……」  自分でも驚く程の大声で坂城を呼んでしまった。コンロへ手を伸ばしていた坂城がようやく颯馬を振り返る。 「どうしたよ」 「先生、俺キスしたい」  坂城の腕を引いて身体を寄せるが、返って来たのは颯馬の想像とは違う答えだった。

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