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「……何で?」 「このまま、ここが気持ちいいってこと覚えて」 「触りたい……」 「だーめ」 「……今日、先生、だめばっかり俺に言う……」  涙目で睨むと坂城が悪戯っぽく笑った。 「いい子だから、俺の言うこと聞いて」 「……っ」  幼い子供をあやすような言い草に心臓が跳ねた。宙で止まった右手を坂城の肩へ戻すと、指の動きが再開する。  身体の内側から快感が引き起こされる感覚は不思議だった。皮膚の外から与えられる刺激とは全然違う。もっともどかしくて、けれど確実で、いやらしくて、この感覚の終着点がまったく見えなくてわけがわからなくなる。  坂城の指がくれる快楽に、颯馬はただ腰を揺らして声を上げることしかできない。  じわじわと高みへ追い詰められていくのに、果てがない。限界だと思ってもさらに上へと追いやられる。  怖い。  だけど嫌だとは言いたくない。  でも怖い。  坂城にしがみつき、助けを求めるように「先生」と言葉にするが、それは吐息の中へ消えていった。  視界が涙で滲み、次から次へと溢れ出していく。本当は涙を拭いたいのに、今坂城から手を離すと身体を支えていられない。自分の上げる嬌声にも嗚咽が混ざる。  不意に、身体の中で何かが弾けそうになった。身体が強張り、何度息を吸い込んでも苦しくて、頭の中が真っ白に染まる。  先生、待って、何か変。そんなようなことを声にしたつもりだが、上手く言葉にできたかどうかはわからない。外のことはひとつもわからず、身体の内側で起きていることだけにただ敏感になっていく。 「……颯馬」  低く優しい坂城の声が耳元でした。颯馬の震える背中を坂城の手のひらが優しく撫で下ろしていく。  坂城と視線を会わせるとキスをされた。触れ合わせるだけの柔らかなキス。  じわりと温かなものが腹の底で瞬く間に膨れ上がり、その瞬間、大きな波が颯馬の身体を飲み込んだ。 「――……ん、あ、……ぁ、……っ、……ッ」  唇を離し、颯馬は坂城にきつくしがみついた。自分を襲う恐ろしい程の快感に悲鳴すら上げられない。息が止まり身体を震わせて、颯馬はただそれが通り過ぎてくれるのを待つ。  坂城の指を咥え込んだ場所がひく、ひく、と締め付けていることに気付いたのは、二度、三度と訪れた大きな波が去って行ってからだった。まだ快楽の余韻の残る身体が、何とか自分の状況を伝えてくる。  全身の力が入らない気怠さは絶頂した時のものによく似ていた。性器に触れられることなく達してしまったのか。そう思って坂城の腹へ視線を落とすが、そこに颯馬が放った白濁は飛び散っていない。  これはどういうことなのか。考える間もなく坂城の指が動き出し、再びあの恐ろしい快感に追い詰められた。  嫌だとは言わないと決めた心はどこかへ行ってしまった。颯馬は泣きじゃくりながら嫌、嫌、と繰り返す。けれど坂城はそんな颯馬を愛おしそうに見つめ、名前を呼んでキスをするだけ。  何度も、何度も、何度も、普段よりも遥かに獰猛な快楽を与えられ、いつの間にか坂城の指を三本も根元まで咥え込んでいたことも言われるまで気付かなかった。あれだけ痛みを感じていたその場所はとろとろに柔らかくなり、ただ快楽を得るためだけのものに変わってしまった。  ゆっくりと指を引き抜いた坂城にベッドに寝かされ、涙と唾液でぐちゃぐちゃの顔を笑われて拭われる。それから両足を割り開かれ、今まで指を受け入れていたその場所へ坂城自身が押し当てられた。  身体中の力をすべて失った颯馬の中へ、熱くて硬いものがゆっくりと入ってくる。  拭われたばかりの目尻から涙が再び伝っていった。  身体を触れ合わせる前に心の中で嵐のように渦巻いていた寂しさや不安、苛立ちは一切消えてなくなった。  坂城は颯馬のもので、颯馬は坂城のもの。単純かもしれないけれど、渇いていた心の中が満たされていく感じがする。 「……ぁ、せん、せ……」 「ん?」 「……好き」  颯馬の頬を柔らかく撫でた坂城の、ふっと笑う声が聞こえる。それから。 「……知ってるよ」  鼓膜が蕩けてしまうような甘い声で言った坂城が律動を始めた。指以上に質量のあるもので揺さぶられ、颯馬は再び快楽の中へ引きずり込まれた。  声を上げて泣いて縋って、どうにかしてほしいと懇願して、また泣き叫ぶ。  だけど幸せな時間だった。  言いつけを守って一度も触れなかった性器に、ご褒美だと言って坂城が触れてくる。腰の動きに合わせてきつく扱かれ、颯馬は泣きながらこの夜初めての射精をした。  その後のことは何も覚えていない。  気付けば朝で、ピアノの音で目を覚ました。

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