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「あ、先生は? 身体平気? する方ってされる方より大変だったりする? 大変、だよな。だってあんなふうに……、あんなふうに、ずっと……」
また昨夜のことを思い出した。身体中にキスをされて、身体のすべてに触れられて、坂城自身を受け入れてからはずっと揺さぶられていた。颯馬がされるままだった分、坂城が色々としてくれたのだ。体力を使ったのは颯馬よりも坂城の方だ。
詳細を思い出したせいで冷めた筈の頬が再び熱くなり、颯馬は受け取った服で顔を隠した。
坂城が颯馬の横に腰を下ろす気配がして、それから苦笑交じりの溜め息が聞こえてくる。
「おまえはホント……、そーいうのやめてくれない?」
「……何が?」
言うと同時に抱き寄せられた。颯馬の耳元に唇を寄せ、坂城が低く囁いてくる。
「今からまたしたくなるだろうが」
「……へ?」
ちゅ、と音を立てて耳にキスをされ、颯馬は坂城の腕の中で慌ててもがいた。
「え、あ、だめ、だめだって先生、だって俺」
「わかってるよ、冗談だから」
「……うん」
それはそれでちょっとだけ残念な気もする。複雑な思いを乗せて坂城へ視線を向けると、再びくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「シャワー浴びたかったら使っていいよ。支度したらメシ食いに出よう。何食いたいか考えといて」
「何でもいい?」
「何でもいいよ」
頷いた坂城が立ち上がり、キッチンへ足を進めていく。換気扇の回る音に続いてカチリというライターの点火の音が聞こえてくる。それからふわりと煙草の匂いが鼻先を掠めた。
未成年だから当然なのだが、颯馬は煙草を吸わないし吸ったこともない。だからよくわからないのだが、煙草というものは大抵の場合同じ銘柄をずっと吸い続けるものなのだろうか。
出逢った時から坂城が吸っている煙草は変わっていない。そのせいか、この煙草の匂いが坂城の匂いとして颯馬の胸に刻まれている。いつだったか、匂いは記憶に直結しているという話を聞いたことがある。だから、他の誰かが傍でこの煙草を吸っていても、颯馬は必ず坂城のことが脳裏に浮かぶのだろう。
それはまるで、見えない刻印のようだと思った。
坂城の言葉に甘えてシャワーを浴びて支度を済ませ、ふたりで家を出る。颯馬が「歩くのがちょっと大変」と零したので坂城が車を出してくれ、朝食のついでにどこかへ行こうということになった。
坂城のマンションから車で五分程走った場所にあるカフェで遅い朝食を摂り、再び車に乗り込んで夏の日差しに溢れた街中を走り抜ける。煙草を咥えて窓を開けた坂城が、前方を見つめながら口を開いた。
「どこ行きたい?」
「んー……」
「観たい映画とかないの?」
「……今はあんまり。それよりも先生が行きたいとこに行きたい」
颯馬が言うと、坂城がちらりと視線を向けた。
「俺?」
「うん、だっていつも俺の行きたいとことか、俺のしたいことに先生が付き合ってくれてるだろ。今だって朝ごはん、俺が食べたいもの食べさせてくれたし」
「いや、おまえに合わせてるってつもりは俺にないんだけどね」
カチリと坂城がライターで火を点け、煙草の煙を吐きながら言った。颯馬は緩く首を振る。
「そうかもしれないけど、でもたまには先生がしたいことを一緒にしたい」
初めてのデートでどこへ行こうか悩んでいた日のことを思い出した。颯馬の経験値では遊園地やカラオケなどしか思い浮かばなくて困ったのだ。颯馬から見たら坂城は大人で、自分とは何もかもがかけ離れているような気がしている。颯馬のような子供が楽しいと思うことは既に全部経験済みで、大人には大人だけの楽しみがあるはずだ。
そろそろ知りたい。知らなければいけない気がする。これからも坂城の傍にい続けるためにも。
「……俺がしたいこと、ねぇ……」
「何かない? 大人の遊び」
ふ、と坂城が吹き出した。
「大人の遊びっておまえな。まあ、でも、やりたいことはある」
「何!?」
「とりあえず連れてくから、颯馬は大人しく俺についてきなさい」
わかった、と返事をすると、坂城が満足そうに唇の端を引き上げて笑った。
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