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 試験が終わった。夏休みが来る。  後ろの席から渡された答案用紙を前へと送り、颯馬は机に突っ伏す。疲れた、長かった、大変だった。脱力感と達成感と開放感が同時に押し寄せ、とにかく心がうずうずし始めてくる。  がばり、と起き上がると、斜め前方の席から勇大が駆け寄ってきた。 「お疲れ、颯馬!」 「勇大ー、終わったなー」 「帰る?」 「帰ろう!」 「どっか寄る?」 「寄ろう!」  特に学校や勉強が嫌いというわけでもないのに夏休みでこんなに嬉しくなるのは何故なのだろう。小学生の頃から毎年繰り返しているせいで癖にでもなってしまったのだろうか。  けれど嬉しがる心に反抗する理由はどこにもない。荷物をまとめて勢いよく立ち上がり、颯馬は勇大と共に校舎を後にした。  ようやく試験から解放されぱぁっと遊びたいという勇大に連れられ、カラオケ店へ入る。勇大がハイテンションの曲ばかりを歌うので、颯馬もつられて大声で歌う曲を歌い続け、ふたりでずっと飛び跳ねていたのもあって一時間も経たないうちにへとへとになってしまった。  L字型のソファの一辺をまるまる使って大の字で身体を預けた勇大が一仕事終えたような溜め息を吐く。颯馬も頼んだウーロン茶を半分飲み干し、ほっと息を吐いた。 「そういえばさぁ、颯馬」 「ん、何?」 「今日は連絡しないの?」  誰に、とは聞かなくてもわかっていた。何故だかわからないが、勇大がいつも気にしているのは「颯馬が付き合っている相手」のことだ。  テーブルにグラスを置いて、颯馬は背もたれに寄りかかる。 「もうしたよ」 「は? いつ?」 「さっき、トイレ行くついでに」 「あ、そ」  おもしろくないというように勇大が唇を尖らせた。勢いをつけてソファから飛び起きてメロンソーダを飲み、今度は何かを考えているような重い溜め息を吐く。 「颯馬」 「何?」 「いや、その服……」 「服?」 「初めて見るなーって。買ったの?」 「ああ、これ」  自身のシャツをつまみ、勇大へ示してみせる。同時に頬が緩んでしまった。  颯馬の表情ですべてを察した勇大が呆れたように目を細める。 「あー、そーいうことぉ」 「……うん」 「週末、颯馬の誕生日だったっけ?」 「違うんだけど、何か……、こういうのも着なよって、きっと似合うよって、買ってくれた」  颯馬が今日来ているシャツは、この前坂城が選んで買ってくれたものだ。颯馬が先生のしたいことをしたいと言ったあの日、車で連れて行かれたのはベイエリアにあるショッピングモールだった。  その中にある坂城が好きだというブランドショップへ足を運び、あちこちを見て回る。後ろからついていって坂城の手元を覗き込んでいた颯馬は、てっきり坂城が自分の服を選んでいるのだと思っていた。けれど、落ち着いた色合いと柄のTシャツを手にした坂城が振り返り、それを颯馬に宛がったので驚いた。 「え? ちょ、先生? 何してんの?」 「んー? どういうのが似合うかなって。これはイマイチだな、うん」 「何で俺? 先生の服買いに来たんじゃないの?」 「おまえさっき言ったろ、今日は俺のしたいことするんだって」 「言った、けど」 「これ、俺のしたいこと」 「服……、買うの?」 「そう、おまえのをね」  それ以降、戸惑う颯馬の言葉は聞き入れてもらえなかった。結局その店で一着、別の店で数着の服を坂城が買い、颯馬に手渡してきた。  きっと颯馬に似合うから、と。  坂城が買ってしまった以上受け取れないとは言えなかった。嬉しかったが同時に申し訳なさも感じ、日を改めて今度は靴を選びに行こうと言われた時に、それなら次の支払いは颯馬が自分で出すからと言い張った。じゃあバイト代貯めておいてと返されたのだが、一体いくらあればいいのか謎だった。坂城の好みの靴を買うには一万円あれば足りるだろうか。二万円? 三万円? 五万円だろうか。  いずれにせよ思い知ったことがある。今まで何となく感じてはいたが見て見ぬふりをしてきた。  大人の遊びは金がかかる。  夏休み中はずっと坂城の傍にいたいと考えていたのだが、この調子ではアルバイトを増やさなくてはならないな、とその日颯馬はずっと考えていた。

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