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「前からずっと気になってたんだけど、颯馬の付き合ってる人って年上?」
勇大の声で現実に引き戻され、颯馬は僅かに頷く。
「だよな、そうだと思った。前に経験値がどうたら言ってたから、そうじゃないかと思ってた」
「……俺よりもずっと大人だから、つり合いたいとか、早く俺も大人になりたいとか、そう思うのは普通だろ?」
「そう思うのは、な」
含みを持たせた勇大の言葉が引っかかり、颯馬は小さく眉を寄せた。
「どういうこと?」
「……颯馬さぁ、苦しくない?」
「何が?」
「俺、前から言ってるだろ。行動を逐一報告したり、友だちと遊ぶのに許可が必要だったり、束縛されるのって嫌じゃない?」
「だから、俺も何度も言ってるよ。別に何とも思ってない」
思わず返す言葉がきつくなってしまった。しまったと思った時はもう遅く、勇大との間に流れる空気が張り詰めたものに変わる。
きつく眉根を寄せた勇大がさらに言葉を連ねてくる。
「似合うから着てみてって、行動を制限されたら今度は服装も制限されんの?」
「勇大、何言ってんだよ」
「俺変なこと言ってるか? 心配してんだよ、颯馬のこと」
「だから……」
「心配してんの!」
強く言われ、颯馬は息を呑んだ。真っ直ぐ見つめてくる勇大の視線が何故か胸の中をざわめかせる。
「颯馬、前にさ、相手が前に付き合ってた人のことが気になるって言ってただろ」
「……うん」
「何か聞いてんの? その人から」
何故今さらあの時の会話のことを持ち出されるのだろう。意味がわからないが、答えない理由もないので颯馬は口を開く。
「……忘れられたって言ってたよ。進学して、新しい環境になって、その人はそっちに夢中になって、それで忘れられたって」
「それな、多分だけど、逃げられたんだよ」
「……は?」
本当に意味がわからなかった。目を丸くした颯馬を無視して勇大が続ける。
「人が人とどういう関係を築いていくのかっていうのは、そう簡単に変わるものじゃないんだよ。だとしたら、颯馬が付き合ってる人は、前の相手にも同じことをしてきたってこと。行動を報告させて、自分以外の誰かと会うのにも許可を取らせて、自分好みの服を着せて、多分、他にも色々……」
「……」
「新しい環境に夢中になって忘れたんじゃないよ、新しい環境になって目が覚めたから逃げ出したんだよ。そう考えられるだろ」
言葉を紡ぐ勇大の表情はまるで難しい数式を説明する教師のようだった。これが正しい、これ以外の答えはない、こう考えるからこんな答えが導き出せるものだ、偽りはひとつもない。
けれど、どうしてだろう。勇大の言葉は何ひとつとして颯馬には響かなかった。
「……何、言ってんの、ホントに」
「颯馬?」
「意味、わかんないんだけど」
「……颯馬、あのな」
「意味わかんないって!」
出すつもりのなかった大声が室内に響き渡った。肩で息をしながら颯馬は立ち上がる。
「この前からずっとそんなことばっか言ってくるけど、ホント何? 嫌だとか苦しいとか、そんなの思うわけないだろ。せ、先生が俺のこと好きだって言ってんのに、それが苦しいわけないよ!」
ソファの上の鞄から財布を出し、千円札を数枚抜き取ってテーブルへ置き、颯馬は部屋を出ようとした。このままここで勇大の話を聞いていたくなかった。
扉に手をかけた瞬間、勇大の手が颯馬の腕を掴んだ。
「颯馬!」
「……勇大、ごめん、俺帰るから」
「颯馬、なあ、一回落ち着いて考えてよ。このままじゃおまえ、どんどん自分を失くしていくよ」
「……」
勇大が颯馬の腕を強く握ってくる。一度、二度、と力を込められ、三度目と同時に勇大が低く声を押し出した。
「……颯馬、俺は……。……俺なら、束縛なんかしない。俺は春に会った時の颯馬が……」
「――……え?」
目を見開いた瞬間、勇大が慌てて手を離した。
「あ、いや、違う、そうじゃなくて……。つーか、だから、颯馬は颯馬らしくしてるのが一番いいってこと! こんなちょっと大人ぶった服なんか着なくてもいいし、そのままが一番、……いいよ」
「……ごめんな」
何に対しての謝罪なのかは、きっと勇大に伝わったことだろう。恋愛の経験値が少なくても、今の雰囲気で勇大が颯馬をどう思っているのかがわかった。けれど、颯馬は坂城以外を見ないし、見るつもりもないのだ。
エレベーターで一階まで下りて一目散に建物の外へ出る。途端に包まれた街の喧騒の中でようやく溜め息を吐いた。
今までの勇大の言葉は颯馬を心配してのものだったのだろうか。それとも颯馬が好きで、坂城から奪おうとしていたから言っていたことなのだろうか。よくわからない。
けれどひとつだけ確かなものがある。それは。
――愛情を受け取っていると相手に示す方法だった。
そしてそれ以外を、颯馬は知らない。
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