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 14  勇大に怒鳴った勢いで口をついてしまった言葉が、後になって自分の胸をちくりと刺した。  ――先生が俺のこと好きだって言ってんのに、それが苦しいわけないよ。  本当はずっと前から気付いていた。坂城が颯馬に対して好きだと言葉にしたことは一度もない。  颯馬が何度も好きだと言っても坂城は優しく笑んでくれるだけ。言葉として颯馬に与えてくれたことはないのだ。  けれどそれを不満に思ったり、不安になったりしたことはない。する必要がない。  坂城がどれだけ強く颯馬を想ってくれているのか、それははっきり示してもらえている。  疑う余地はどこにもなかった。  坂城に出逢って、好きになって、恋人になって、そういう時間が続いていく。それは階段を一段ずつ下りていく感覚によく似ていた。  一歩一歩自ら進んでいって、いつの間にか柔らかな泥に足を取られている。  抜け出せない。あとはもう身を任せて沈んでいくだけだった。  いずれ身体のすべてが沈んでしまったら息もできなくなる。けれどそれを怖いとは思わない。  自分のすべてが坂城に包まれること、染まることはとても幸せなことだと思うから。  勇大とは価値観が違うのだと結論付けて、夏休みを迎えた。  夏休みだからずっと一緒にいられると思っていたが、生徒とは違って教師は出勤するのだと知り、ひとり暮らしの部屋にはほとんど帰らなかった。  時間が許す限り坂城の傍で過ごしていた。 「先生、おかえり!」  玄関の扉が開く音がしたので、颯馬は走っていって出迎えた。靴を脱ぎながら顔を上げた坂城が颯馬の姿を見るなり驚いた声を上げる。 「おまえ、どうした」 「あー、これ?」  Tシャツの裾をつまみ、颯馬は眉を下げた。 「今日の晩ごはん、オムライス作ってみようって思って、挑戦したら、ちょっと……」 「……ケチャップ?」 「うん」  白いTシャツにケチャップの赤い色が染み込んでいる。服に付いてしまったことに焦って触ったせいで、それは広範囲に伸びてしまっていた。ちなみにそれは容器の口からちょっと飛んだ程度の量ではなく、蓋を開けたケチャップを調理台に落としてしまい、その振動で近くに立てかけておいたまな板が倒れて容器を押し潰し、飛び出した中身をどうにかしようと布巾を取ろうとしたり、キッチンペーパーを取ろうとしたり、水道の蛇口を捻ろうとしたり、あれこれ手を伸ばした結果零れたケチャップの上に腹を乗せてしまったので、かなりべったりとついてしまった。  もうひとつ言い訳をすれば、着替えようとしていたところに坂城が帰ってきたので決して見せて驚かせようとしていたわけではないし、エプロンは探したけれど見つからなかった。坂城のエプロン姿は見たことがないので、多分この家にそれはないのだろう。 「……驚かすなよバカ、怪我したのかと思っただろ」 「……ごめんなさい」  しゅんと項垂れた颯馬の頭に手を置いて、苦笑しながら坂城がキッチンへ足を進めていく。颯馬もその背中を追いかける。 「料理初心者がオムライスねぇ」  坂城の苦笑はキッチンに足を踏み入れるとさらに大きなものになった。 「あーあ、案の定これだよ」 「……だって、要はごはんとケチャップと卵だろ。何とかなると思ったんだけど……」  いつもは整然と片付いているキッチンが今は見事に散らかっていた。倒れたまな板と調理台に飛び散るケチャップの他に、丸まった布巾とキッチンペーパーが散乱し、焦った颯馬がひっくり返したボウルが床に落ちている。コンロの上のフライパンでは渾身のチキンライスが完成しているが、炊飯器の周りには米粒がいくつも落ちてしまっている。  重ね重ね言い訳をすれば、すべて坂城が帰ってくる前に片付けようとしていたのだ。こうして見せたかったわけではない。 「何とかなるねぇ、……まともに卵も割ったこともないくせに?」 「だって、……どうせ溶くし。殻が入ってなければ割り方なんてどうでもいいと思うんだけど」 「まあ、そうかもしれないけどね」  ひとつ息を吐いた坂城が颯馬を振り返った。 「とりあえずおまえは着替え。染み抜きできる?」 「……わかんない」 「じゃあここで脱げ」

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