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 案の定、どうにもならなかった。  食卓につく颯馬の目の前には破けた卵で包み損ねたチキンライスが置かれている。向かいに座る坂城の前には炒り卵が乗ったチキンライスが置かれている。ライス自体も所々焦げているので、部屋には不思議な匂いが漂っていた。 「……」 「……」 「……うん、まあ、いただきます」 「い、ただきます……」  ふたりで顔を見合わせ、同時に頷いて一口食べる。無言で咀嚼していると、不意に坂城が肩を揺らし始めた。颯馬も徐々におかしな気持ちが込み上げてくる。  堪えきれずに吹き出すと、坂城が額に手を当てて本格的に笑い出した。 「颯馬おまえ、いくら何でもこれはないだろ」 「先生だって全然卵で包めてない」 「包めてなくても一応オムライスの形はしてるだろ。おまえのこれは誰がどう見てもオムライスには見えねーよ」  坂城がスプーンでつつくと炒り卵がポロポロと零れ落ちていく。颯馬は唇を尖らせた。 「しょうがないだろ、初めて作ったんだから。先生こそどうにかなるって言ったのに」 「なってるだろ」 「なってないよ。ごはん半分以上飛び出してるよ」 「でも食えるだろ」 「俺が作ったのだって食えるよ」  しばしの沈黙の後、再び同時に笑い出す。笑っては食べ、食べては笑い、普段よりも時間をかけて夕食を終えた。  こういうのいいな、と食事の間颯馬はずっと感じていた。  一緒に料理を作って、一緒に食べる。今までも同じことをしてきたけれど、今日は一段と楽しくて愛おしい時間だ。  このままここで坂城とふたりでずっと一緒にいられたらどんなにいいだろう。  今颯馬の目の前にあるものは、坂城と築いていくふたりの生活というものだ。  それが欲しいと思った。  毎日ここへ帰ってきて、坂城と一緒に過ごす。離れているのは仕事と学校の時間だけ。それ以外はすべて坂城の隣にいる。食事をするのも、歯を磨くのも、寛ぐのも、眠るのも一緒。今日も、明日も、明後日も、ずっとそれが続いていく。  そんな現実が訪れないかな、と夢想しながら後片付けを終えてソファに腰を下ろした。隣では坂城が煙草を吸っている。無言で見つめていると、坂城が片眉を上げた。 「どうした?」 「ん、別に何でもないよ」 「何か言いたそうな顔して嘘吐くなって」  言いたいことがあるなら言いなさい、と坂城の手が颯馬の頭に乗せられる。その手を取って、颯馬は頬を摺り寄せた。 「……先生」 「ん?」 「もうどこにも帰りたくない」  言おうとしていた言葉とは少し違うものが口から零れ落ちた。けれど言ってからこれが一番本心に近いと思った。  もう帰りたくない。自分の部屋にも、実家にも。  兄のいない世界へふたりで逃げてしまいたい。 「このまま、永遠にさ、先生とずっと一緒にいたい」  言葉にすると滑稽だった。いつかどこかで聞いたことがあるような台詞。こんなことを自分は言わないと思っていたのに勝手に溢れ出てしまった。  坂城の長い指が颯馬の頬を掠めるように撫でていく。 「……俺にどうして欲しい?」  その問いの答えは上手く言葉にならなかった。坂城を見つめたまま颯馬は緩く唇を噛みしめる。  心の底から湧き上がる感情は確かにあるのに、それはずっと燻り続けているだけだ。言葉や行動で示したいのに、どう伝えたらいいのかも、どういう行動を起こせばいいのかもわからなくなる。  もどかしくて叫び出したい。そんな感覚。  頬に触れる坂城の手を強く握りしめる。反対の手の指に挟まれた煙草をつまんで灰皿へ押しつけた。 「……颯馬?」  身体を寄せて、ゆっくりと唇を触れ合わせる。そういえばキスをしたいと自分から告げたことは何度もあるが、いつも行動を起こしてくれるのは坂城の方だった。坂城とこういう関係になる前に車の中でした以来の、自分からのキスだった。  あの時は押しつけるだけの幼い行為だったが今は違う。教えてもらった通りに、それから自分がしたいようにする。坂城の首に腕を回すと、それに応えるように抱きしめられた。 「……どこかへ、連れて行ってくれたらいいなって、思う」  僅かに唇を離して囁くと、坂城がふっと吐息だけで笑った。 「連れて行かないよ」 「……え?」 「俺は連れて行かない」  拒絶されたのかという思いが一瞬胸を横切った。けれど、颯馬を見つめる坂城の目は優しいまま変わらない。  真意を探ろうとしてその目を覗き込むと、今度は坂城の方からキスをしてくる。 「……ん、……先生、それ、どういう……」 「自分でおいで」  低く甘い坂城の声が、鼓膜と頭の中を溶かしていく。 「……自分の足で、ここまでおいで」  腹の奥底から寒気にも似た震えが全身に走った。  ああ、やはり。  坂城をどんどん好きになっていくのは、階段を一段ずつ下りていく感覚によく似ている。  一歩一歩自ら進んでいって、いつの間にか柔らかな泥に足を取られて抜け出せなくなる。  あとはもう、身を任せて沈んでいくだけだ。

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