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「覚えてないのか? 実家のおまえの部屋に小さなサボテンが五つあっただろ」
それは兄に言われて仕方なくねだったものだ。幼い頃いつものように兄に連れられて買い物へ行った時、好きなものを買っていいと言われることがあった。大抵それは兄の機嫌がよく、同じだけ不安定な時で、何かを買ってもらわないと怒らせてしまう。
初めて買ってもらったものは近くの雑貨店で売っていた小さな鉢植えのサボテンだった。買ってもらった時はピンク色の花がふたつ咲いていたのだが、その花が落ちて以来二度と咲くことはなかった。
それから何度か兄に何かをねだらなければならない時があり、そのたびに颯馬は同じようなサボテンを選んでいた。サボテンが好きだったわけではない。考えるのが面倒だっただけだ。
「あのサボテンの世話は?」
「母さんがやってるよ。颯馬が家を出て行ってから母さんが育て方を調べて植え替えたんだ。このサボテンを大きくするんだって意気込んでるよ」
「そっか、よかった」
「ああそうか、引越しの時に持ってくればよかったな。俺はおまえみたいにインテリアに興味があるわけじゃないから気付かなかった」
着ていた服を脱いで新しいTシャツを頭から被り、颯馬は曖昧に笑った。隣で膝をついて鞄を開けた兄へ、さらに取り出した衣服を数枚手渡す。
「……これは、最近買ったものか?」
部屋着として使っているスウェット生地のハーフパンツを鞄に詰め、次にTシャツを手にした兄が訝し気な声を上げた。颯馬は衣服に腕を通して視線を落とす。兄の手の中にあるのはこの前坂城が買い与えてくれた服だ。
「うん」
頷くと、兄がTシャツを突き返してきた。
「これはやめなさい」
「どうして?」
「颯馬には似合わないよ。おまえはこういうものじゃなくてもっと明るい色の方がいい」
「気に入ってるんだ。こっちに戻ってくる日に着て帰ってきたい」
そしてそのまま坂城の元へ駆け込みたい。今はそれを心の支えにしてこの帰省を乗り切るつもりなのだ。
けれど、兄はさらに声を険しくした。
「服ぐらい何でもいいだろう、他のにしなさい」
「何でもいいならこれでもいいだろ、これ持っていきたい」
「颯馬、何でわざわざ似合わないものなんか着る必要がある? ああ、やっぱりおまえはまだまだ子供だな、自分のことを何もわかってない。俺が近くで見ていてやらなきゃすぐこうして道を踏み外す」
立ち上がった兄が颯馬から衣服を奪い取り、キッチンへ歩いていってゴミ箱へ投げ捨てた。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
これまでも兄に様々なことをされてきたが、瞬時に我慢の限界を超えたことはない。
溢れ出そうになった言葉を抑えなくてはいけないという理性と、爆発させたいという願望がせめぎ合い、すぐさま理性が負けた。
「……踏み外す、って、何だよ」
手をはたきながら戻ってきた兄が颯馬の震えた声に気付いて視線を上げた。その目を真っ直ぐに睨み返す。
「俺のことをホントに思ってしてくれたことなんかひとつもないくせに!」
「颯馬、何を――」
「――俺、知ってるんだからな、わかってたよ、最初から。あんた、本当は俺のことが嫌いなんだろ。俺はストレス発散の道具なんだよな、あんたが自由にできるただひとつのものだからな!」
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