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 滅多にない颯馬の大声に驚き言葉を失っている兄へ、さらに感情を叩きつける。 「服も、買うものも、俺の行動だって何でも制限して、それだけ! それで俺がどんなふうに思うのか、俺にどんな影響があるのかなんか何も考えない。俺が自発的に行動すればすぐに子供だって言って、何にもわかってないって言っていつも否定する! 俺のため? 違うだろ、自分のためだよな、自分が楽しいからそうしてるだけ。だけど俺はあんたに、俺が本当に欲しいものなんかひとつももらったことなんかない!」 「……」 「それなら言えばよかったとか思っただろ。ずっと言いたかったし、実際に言ったことだってあったよ! けどあんたは、俺の言葉なんか聞かなかった。聞こうっていう気持ちすら持ってなかったし、聞く意味も価値もないって思ってることもわかってたよ! だけどあんたが俺にしてきたことだって、俺にとっては何の意味も価値もなかった!」  言い終わらないうちに頬に痛みが走った。その理由を目の前の兄の右手が宙に浮いていることで理解する。叩かれたのだ。そう認識した途端にじわじわと痛みが広がっていく。 「颯馬、いい加減にしなさい」 「――いい加減にするのはそっちだろ! 俺はこの服も、この部屋も、俺のこんな人生なんかも全部いらなかったよ!」  クローゼットから服を掴んで床へ投げつけ、颯馬は走り出した。サンダルを突っかけ、玄関の扉を開け放して外へ飛び出る。  背後から颯馬を呼び止める兄の声が聞こえてきたが、振り返ることも足を止めることもしなかった。  できるわけがなかった。  両親からの愛情は素直に受け取れるのに、兄からの愛情はどうしても心が受けつけなかった。何故受け入れることができないのかと考え、自分が間違っているからだと何度も自身を責めてきた。自分を責め続けることが辛くて逃げ出したりもした。  坂城と一緒に過ごすようになり、坂城のことも自分のこともだいぶ見通せるようになってようやく理解できたことがある。  いつか、坂城に理想の兄の姿を重ねているだけなのではないか、と言われたことがあった。その時は違うと言い張ったし、今でも違うと思う部分もある。  けれど、坂城は兄とよく似ているのは事実だし、それには随分前から気付いていた。こうしなさい、ああしなさいと指示が多かったり、食事や身の回りの世話をしてくれたり、服などを買い与えてくれたりする。何も知らず、何もできない颯馬のことを仕方のない子だと笑ってひとつひとつ教えてくれる。兄も坂城も同じように颯馬に接してくる。  不思議だった。兄にされたら我慢できないことも坂城にされたら素直に嬉しいと感じる。その差は何かと考えたら、颯馬の彼らに対する気持ちしかない。  坂城のことは大好きで、兄のことは好きではない。だからきっと、そういうことだ。  行動を制限して束縛してくる坂城から颯馬を解き放とうと勇大は諭してきた。おそらくそれが「普通」の考え方なのだろう。束縛は苦しいもの、過度にしてはいけないもの、きっとそう認識している人が多い。  あの時は感情的に言い返すことしかできなかったけれど、でも勇大、本当に違うんだよ。  坂城が普通ではないのであれば、同じだけ颯馬も普通ではない。坂城が誰かを普通に愛せないのであれば、颯馬も人から普通に愛されることができないのだ。  颯馬にとっては、こうしなさい、ああしなさいと行動を制限されることが愛情で、あれはだめ、これはだめだと束縛されることが愛情で、それがなければ自分が愛されていると実感することはない。  もう、全部わかった。  だから自分に必要なものは手に入れて、必要ないものは。  ――捨ててしまおう。

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