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駐車場に車を停めた時には既に太陽は落ち、辺りは暗闇に包まれていた。土手に敷かれた緩やかな階段を上って遊歩道へ出ると、河川敷へ下りる階段の一番下の段に座っている颯馬の後ろ姿が見える。階段の上で足を止め、坂城は煙草に火を点けた。
その気配に気付いたのだろう、颯馬が振り返り立ち上がる。真っ直ぐに坂城を見つめ、やがて安堵したように微笑んだ。
「……先生」
「……ホントしょうがないな、おまえは。また逃げてきたのか?」
「逃げてないよ。自分の意思で、自分の足でここまで来たんだ」
だから先生、と言った颯馬が真剣な表情になる。
「……俺を、先生だけのものにして下さい」
颯馬が一歩前へ足を踏み出した。
「先生以外は何もいらない。先生が俺の傍にいてくれたら、他には何もいらないから」
坂城は深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。風もなく、湿気を多く含んだ夜の空気と共に身体にまとわりつく。
「本当に?」
低く問うと颯馬が頷いた。
「全部わかったんだ、俺に必要なもの、必要じゃないもの。俺に必要なものは先生だけだよ」
言葉を紡いだ颯馬が拳を握り、唇を噛みしめる。しばらくの沈黙の後、不安げな颯馬の声が聞こえてきた。
「……先生は? 先生に必要なのは俺だけじゃ、ないの?」
「……おいで、颯馬」
ほんの少し不服そうな顔で颯馬が階段を上ってくる。颯馬が一番上へ来るまで待って、坂城は彼を腕の中へ招き入れた。
この世界すべてのものから覆い隠すように颯馬を抱きしめる。坂城の背に爪を立てるようにしてしがみついてきた颯馬の耳に唇を寄せ、低く囁いた。
「おまえの他に、俺に何か必要あるように見える?」
「……それはずるいよ、先生。ちゃんと言ってよ」
催促するようにシャツを引かれ、坂城は思わず苦笑する。こういう形で愛情を乞う颯馬が可愛くて堪らない。
出会った頃の颯馬はこんなことをしなかった。坂城と出会い、坂城が彼を変えたのだと思うと得体の知れない充足感が胸を覆い尽くす。
颯馬の髪を柔らかく撫でて、坂城は目を細めた。
「颯馬、帰ろう」
「……どこへ?」
「俺と、おまえの家」
坂城を見上げた颯馬がはにかんだ。
よくないことをしているとわかっている。これから自分が起こす行動も人から理解されることはないだろう。
颯馬を途中で放り出すようなことはしない。その覚悟は既に胸の内にある。
車に颯馬を乗せ、自宅へ戻る。坂城のマンションが見えた時から颯馬の様子はがらりと変わり、まるで誕生日ケーキを目の前にした子供のようなはしゃぎようだった。
颯馬に急かされて玄関の鍵を開けて中へ入る。待ちきれないというようにリビングへ向かって駆け出した颯馬の後を追って、坂城も足を進めていく。
照明を点けてソファへ座ろうとした颯馬を呼び止めた。
「颯馬」
「何?」
「服を脱げ」
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