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躰がビクンと跳ね上がり、目が覚めた。
「……夢……」
上体を起こし、涎を手の甲で拭う。
気を失っていたらしい。どこからが夢だったのか判らないが、辺りは真っ暗で、犬の遠吠えが聞こえる。
静かな闇の中、合唱する様に後を追って響く鳴き声。ワイルドハント――人を狩る黒犬の群れか。
立ち上がり、服に付いた砂を払う。顔を上げると、小さな炎が浮かんでいた。
「これは」
火を目指して歩く俺は、6メートルはあるだろうか、大きな石の門の前で足を留めた。浮かんでいる様に見えたのは両側で燃える松明だったようだ。風で妖しく揺らいでいる。
悪趣味な門だな。
荒野に落ちているものを拝借したのだろう、無数の人骨で飾り付けられていて、本で見た地獄の門を髣髴とさせる。仰げば、ほら、上に男が座っていた。
澄んで美しい満月を背に、光を浴びて透き通る様に綺麗な銀色の髪を風に靡かせて遠くを眺める彼は、夜の所為だろうか、憂いて見え、何処か幻想的に映る。
絵になる姿に思わず目を奪われていると、男の怒声が飛んできた。
「おいっ」
胸倉を掴まれ、いかにも粗暴そうな顔が付き合わされる。
「なんだテメェは」
「お前こそ何だ。いきなり胸倉を掴むとは無礼だぞ。俺はデモゴルゴンに会い、ここに来た」
吊り上がった目と無言の睨み合いが続く。そして。
「はあ?」
声を裏返らせた男は、眉を八の字にして顎をしゃくり、顔を歪ませた。
門の前で通せん坊をしているから、デモゴルゴンの云う『番犬』だと思ったのだが、そうではないのか?
「だからデモゴルゴンに」
「よくわかんねぇけど、この門はくぐらせねぇぞ」
突き飛ばされて蹌踉めく。男の背中から抜かれた剣の切っ先が、鼻先に突き付けられた。
「テメェも門の飾りにしてやらぁ」
「あれはお前の趣味か」フンと笑う。
仮にも騎士だったのだ。剣を向けられた程度で恐れはしない。
しかし、どういうことだ。俺が道を間違えたのか、それとも、あの男が矢張り出鱈目だったのか。
考えても仕方が無い。目の前の奴が剣を肩に構えたので、俺も片足を引いて腰を落とし、睨み据えながら奴の手元に意識を集中させる。しかし、その糸は良く通った声に切られた。
「待て、オルトロス」
見上げると、人だ。天から男が降ってくる。程なく着地した衝撃で巻き上がる砂埃の中に銀色の髪を見た。門の上に座っていた男か。
「兄者っ」
腰を上げた銀髪の男は、自身がオルトロスと呼んだ男へ顔を向け、静かな口調で云う。
「通してやれ」
「兄者が云うなら」
オルトロスと云う男、荒くれ者に見えるが存外素直に剣を納める。兄者とやらが彼の絶対なのか。ミハさまを慕う俺と同じなのかもしれない。門へと駆ける姿に自分が重なった。
軈て悪趣味な門が重い音を立てて開く。悪食の闇が口を開けた様だ。
「この先には何がある」
向けられている背に問う。サアと吹く風が銀色の髪を流す。
「国」
「何と云う名の国だ」
「さあな。皆 、地獄と呼んでいる。お前と同じ追放者達だ」
胸が高鳴った。男は俺を知っている。何故? 決まっている。ミハさまの遣いだ。あの夢は、只の夢ではなかったのだ。嗚呼、脈打つこの心臓を、あの時貫かなくて良かった。愛しい人の胸に抱かれる、数分後の未来に逸る気持ちを抑える。
「俺が追放されたことを知っているのか。お前、何者だ」
何者でも良いから、さあ、早く。ミハさまが待っているのだ。案内してくれ。
「ケルベロス。地獄の番犬と云われているが、何者かは、知らん。デモゴルゴンに会ったと云う奴の大半は国を追放された者だ。別にお前を知っていた訳じゃあない」
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