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第2話(幼馴染後編)
何の躊躇いもなく捨てられた、お菓子。
可愛くラッピングまでしてあって、中途半端な出来ではなかっただろうに。
でも、僕は怒れなかった。
「ふう。落ち着いた」
捨てた後のショウの清々しい表情に、見とれてしまったんだ。
非情なのはお菓子の袋を横取りして捨てたショウじゃない。
捨てたショウの安堵した顔に、興奮した僕だ。
「ガイ、ちょっと外で食おうか」
人目を避けるためだとしたら、なんて考えが過ぎっては自意識過剰だと言い聞かせて、それでも歩いて行く先が屋上に行く階段を登っている僕達は、どこに向かおうとしているのだろう。
階段が辛い。息が上がりそうだ。
今まで階段を使う場面がなかったから、ショウには見せずに済んできたのに。
階段が怖い。
不毛な恋と階段は相性が悪い。
「っはぁ、はぁ、っ」
いつもは隣りで歩くショウは今日は一歩二歩先を歩いている。
一人になる、このままじゃ。
怖い。
一人で階段にいたくない。
何で、今なんだよ。
どうして、ショウがいるときに発作が出るの。
いつもは耐えてきたじゃない。
とうとう屈んでしまう僕に、ショウは気づいているのだろうか。
怖い、全身でこの場にいる恐怖を感じている。
息の仕方を忘れて恐怖と対峙している。
「出たな」
"ガイ、おいで、大丈夫だから"
「っショウ! っゲホッ」
ヒューヒュー、呼吸が下手くそになった音を出しているけど、辛いところを見せたくなかったけど、ショウがおいで、といってくれている。
屈んでいた僕はとにかく腕を伸ばし、ショウの所在を無造作に探す。
いつかに感じた、ショウの温もりをもう一度、もう一度だけ感じたい。
「ガイ。俺はここにいる。だから安心してすべてのリズムを、俺に預けろ」
大きく僕を包むのは、いつかに感じたショウよりも優しく、愛しさが溢れるような、そんな抱擁だった。
僕はショウに抱きしめられていて、前が見えない。
これがどれだけ幸福なことか。
見上げれば、大好きなショウが双眼いっぱいに映って、それ以外は何も映らない。
やっぱり女の子からもらったお菓子だけでは、ショウから感じる甘さは消すことはできなかった。
弱い部分をおそらく初めて見せているというのに、ショウは驚きもせず対処してくれた。
「落ち着いたら、階段登ってしまおうか。このままじゃ、俺から離れたら大変だろ?」
意地悪な笑いをするショウだけど、確かに、ショウから離れてのこの場所でのステイは苦痛だ。
「何で驚かないの・・・・・・」
「そりゃ、俺だけを頼って欲しいって言っている俺がその程度で動揺してどうするよ」
「っケホッ、いつまでたっても僕達幼馴染離れ、できないね」
「・・・・・・する必要ねぇよ」
ほら、行くぞ。ゆっくり僕を横抱きにすると、振動の少ない足取りで屋上まで登ってしまった。
「俺が人目を避けて教室から出ようと言ったこと、それからこの場所に来たことも。全部わざとなんだぞ、気づかなかったのか」
抱いたまま、フェンスにもたれかかって僕と視線を合わせる。
「俺は、ガイが俺に情けないところを見せたくない、ということは分かってた。だから、なるべく階段や高い場所へは近づかせないようにしてた。俺が、俺だけが」
「じゃあ・・・・・・僕の」
「知ってるよ。お前のトラウマなんか、とっくの前から」
「そうだったんだ、ごめんね」
「謝るな。お前のお母さんに勝手に聞いたのは俺だ。でも、俺から言わなくても、きっとガイから頼ってくれると思っていたのは俺の誤算だった。おまけにわけのわからんものまでもらいやがって」
鋭い視線が、僕に注がれる。
女の子からもらったふくろじゃなくて、僕だけに。
「ガイはそういう弱い部分も含めて、俺だけにしか頼れないんだということを分からせるために、あえて怖がらせることをした。それは悪かったな、つらかったな」
「僕の不毛な恋、九年間って」
「浪費しただけだな。俺がこんなに独占欲丸出しなのにまるで気づかないなんて、鈍感というより人じゃないな」
「あ、仮にも僕の方が成績の良いのにそんなこと言っちゃっていいの?」
「ハハッ!そうだな、朝も起こしてもらわないといけないし、勉強もお前に見てもらわなきゃ赤点まっしぐら」
「僕が居なきゃだめなんだ?」
「ああ、ガイ以外は目覚められねぇし、勉強の理解だって難しい」
恍惚とした眼差しが僕だけのものになったみたいだ。
「ガイはおれがいないとだめで」
「僕はショウじゃないとだめ」
トラウマになりそうなこの発作も捨てたものじゃない。
幸せがもし逃げていったら、発作だとか言って演技してた僕への天罰みたいで、本当にトラウマになっちゃいそうだなぁ。
幼馴染ってこうまでしないと、発展なんか、できないでしょ?
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