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第3話(年の差)

秋も深まり朝方と夜は冷たい風が吹く十一月。 「私と付き合ってほしいのだが」 風が強く、厚着をしていた日のことだった。 ナオはその日、大事な大学の推薦入試の当日で、緊張以外何も考えられない時に見知らぬ男に声をかけられた。 見た目はエリート。スーツに着られることなく決まった八頭身のスタイルに、黒縁のメガネをかけたクールを思わせる風貌だった。 ただ、若作りなのか、元の素材がいいだけなのか、年齢ははっきりとは掴めない。 しかし、ナオはこんな平日で、しかも受験シーズンに差し掛かっているこの時期に、制服で出歩いているということは、まさしく受験だということの察しもできないのかと、この人の非常識さを恨んだ。 告白もナオの耳には届いておらず、この見るからに人生勝ち組のような人に足止めを食らっていることに、苛立ちしか芽生えなかった。 偶然受験の帰りだから、時間に追われる焦りは来ないが、緊張感だけは未だに抜けきらず変な興奮状態のまま、このエリートに呼び止められている。 「そこ、どいてください」今日はじめて見る赤の他人に冷たくあしらう。 「君、王林高校三年の飯田ナオ君で、さっき大学の受験を終えて帰宅するところだったんだろう?興奮冷めやらぬ、ということなんだろうが、私もそろそろ時間の限界、というか時間切れ、というか。とにかく、まずは君と話がしたいんだ」 「はぁ?僕はあなたとは初対面です。それなのに個人情報を知っているなんて、あなたは教育関係者か何かですか」 「いや、普通のサラリーマンだ」 「そんな人がなぜ、僕のことを」 ナオは受験が終わったことに頭が安堵しているのか、絵に描いたようなストーカー、または不審者まがいな男に対し冷静に言葉を発している。 相手と一定の距離を保ちながら、物事がなだれ込まないよう慎重に男と言葉を交わす。 「序盤で言ったとおり、交際をしたいからだ」 「おかしいでしょ。僕はあなたの名前から何もかも知りませんよ。そんな人とお付き合いなんて」 「だが、ナオには彼女できたことすらないだろう?」 「いきなり呼び捨てはやめてください。それと、彼女できたことすらない、て心外です。僕、いたことくらいありますから」 つい他人にプライベートを漏らしてしまった。 男はきれいな細長の目を見開き、「それは、いつのことだ」形相が段々と険しくなる。 「あなたに言う義務はありません。第一、本当に迷惑極まりないですが、僕が今日受験でしかも帰宅途中だということを知っているのなら、本来は疲れている僕を帰すのが良心じゃないんですか」 「本当に、お前は変わったな」 「あの頃に俺が引っ越さなければ、今のこの状況が少しでも変わっていただろうか――」男はスーツのネクタイを緩め、きっちりとかためた黒髪を乱雑にかき乱し、それから少年のような瞳に戻してもう一度、名前を呼んだ。 「ナオ――」

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