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第4話(年の差)

親しみ深い声色、表情で甦る記憶。 忘れもしないだろうと思っていた。 ナオにとって目の前にいる男は、最初で最後の初恋の相手だった。 「何で――ここに・・・・・・」 「やっと思い出してくれたのか」 「コウ。僕をおいて置いてったコウ――」 「だから、その謝罪とお前を迎えに来た」 首にすがりたい気持ちをグッと堪えて、すると生理的に涙が溢れ出す。 六年だ。六年もの間、ナオの中にくすぶっていた本物の恋慕の意が、ダムを決壊させた。 「俺は言ったはずだ、また来る、と」 「でも六年たった!僕の青春の六年・・・・・・まともに恋すらできなくて、周りからは”枯れてるね”なんて言われて!」 会えた、と思ったら次にくるのは「怒り」だった。 連絡先すら知らない小学生だったナオは、この男への純粋な想いだけが、日々を支え苦しめる根源でもあった。 駅近くで一方的に弾丸のごとく話し続けるナオを、通行人は奇怪な眼で通り過ぎていく。 「ナオ。その怒りはぶつけてもいいんだが、それを見ていくゲス共が気に食わない。場所を変えよう」 ナオの収まりどころを知らない怒りを受け止めながら、自然な流れで高級車に乗せられ車を出した。 「すまないな、怒っている最中に遮るような真似をして」 「なにそれ。そんなこといわれたら、もう怒るに怒れないじゃん」 「ハハッ、それは悪いことしたな」 怒りが来たあとはぶり返す「好き」。 車に乗った瞬間、香る男の懐かしいような、新しいような。 今度はこの匂いを覚え直すのだと思うと、ようやく再会したことに現実味を帯びていく。 「ナオの怒りも沈下したことだし、今度は俺の言い訳でも聞いてくれるか」 静かに運転する男の横顔を見つめた。 「ナオは小学生で俺は高校生だったな。あの時はただ、楽しかった記憶だけがあっただろ」 「確かに、コウといる時が一番楽しくて、離れがたかった」 「俺は違った」 「え?」 「一緒にいたい、そんな気持ちに反して、小学生にはまっていく自分に不安を覚えたんだ。小学生を相手に、本気になってどこまでナオが理解してくれるか、予想もつかないことばかりが頭を支配していた」 「?コウ、何か勘違いしてない」 「コウが県外の大学に決めて、家を出る時に言ってたよね。また来る、て。僕達、恋人までは行かなくても、友達とは別の関係性にあると思ってたよ」 「小学生だったナオにそこまでの考えがあったとは思えんだろ」 「あったよ。だから、こうして・・・・・・カップル、の痴話喧嘩みたい、なこと、僕が言うんじゃん」 「――!あのなぁ、俺の焦りを返してくれないか」 「なんだよ!連絡もなしに六年放ったらかしにしたの、コウじゃん」 「一回連絡取ったら、何もかも投げ出してお前だけ奪いたくなるから――監視することが俺の趣味になったし、精神安定剤にもなり得た」 ん?なんかすごい恐ろしい言葉がそこらじゅうに撒き散らされた感じなんだけど、ナオの目が点になる。 だが、初対面として会った数十分前を遡ってみると、「彼女なんて居たことすらないくせに」というサイコパス的発言をしていたことを思い出した。 ぞわり、と背筋を伝う冷たい汗が気持ち悪い。 「ナオの声は毎日聞いていたからな。大きく変声期を迎えたお前を間違えずに会うことができた」 「いや、だとしても、それはあんまりだったんじゃ」 「俺、この習慣がなかったら、今の今まで大人しくはできなかった。俺は行動型なんだ。全てをなくしても欲しいものがあれば、手に入るまで手段を選ばず強硬手段だって顧みない」 でも、俺はナオとの将来も見据えたかったから、声を聞いて我慢して、励まされてきたんだ、そういう男の目はなんとも形容し難い虚ろな雰囲気をまとっていた。 おそらく、離れていた六年の間。互いに若干の思い違いはしていたものの、相思相愛で間違いはなかった。だが、そんな二人にとっての六年は長く、苦痛に耐えた時間でもあった。 ナオは青春を終えてしまい、コウという男は精神をおかしくしていまっているようだ。 鬱、というよりはもはや「依存」。 この走らせている車の行き先は当然コウの自宅であり、どこかの店でもない。 受験終わりの午後六時五十五分。 六年ぶりに感情を吹き返したナオの、午後六時五十五分。 欠損した箇所は多くあるけれど、それ以上に二人のピースがはまったこの日の歓喜は、コウの手錠によって――。

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