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第9話(社会人2)

しばらくソファで寛いだあと、夕飯にと作っておいた得意の和食づくしで吉武にご馳走する。 テーブルに並べられた和食の数々に、興奮しだす。 と、同時に品数を数え始め、倉田は少なかったかと危惧したが、それには及ばないようだった。 「倉田――品数多いね、大変だったでしょう」 「ううん、吉武が食ってくれると思ったら、大盤振る舞いしていまっただけ」 「そっか、ありがとう。美味そう、早く食べよ!」 ――やっぱり、な――。 品数が多い、ということは心理状態をも映し出すと言われている。 自分に自信がなかったり、不安を表している、とある書物で読んだことがあるのだ。 倉田は鬱病を抱えている。もちろん、吉武も当たり前に知っている。 だから、漬け込みやすいのだ。 倉田の心を労るように、吉武という存在の大きさをじわりじわりと紛れさせ、侵食していく。 倉田は吉武が強制して何かをするより、少しの時間待てば勝手に根をあげるだろう。 ここ数日の生活態度を見て確信したのだった。 「っはぁ~美味かった!こんなにおいしい料理を毎日作ってくれるなんて、俺の嫁さんにぴったりだよ」 「・・・・・・嫁」 「嫁、嫌なの?」 「嫁という響きが、なんか、恥ずかしいなと思って」 赤面を隠す倉田に、吉武は再度「ねぇ、本当に俺のためだけのお嫁さんに、なってくれない?」目の奥まで貫くような眼光をして頼む。 あと、もう一息だ。 吉武は今度はゆっくり「今ここで俺が拉致監禁してること謝罪して、開放してやったら他のやつのところへ行ってしまうんだろう?そんなの許しがたいけど、なにより」ためて。 「開放したあと、どうせ、俺のこと忘れるんだろう?」 倉田は明らかに動揺した。 掛かったのだ。 「違う、忘れることはできないんだ・・・・・・だけど、吉武だけは忘れるという概念すらない・・・・・・苦しかったんだ・・・・・・なのに、俺をここまでしておいて、手放すなんて、それは――ないだろ」 きつく抱きしめる、吉武が苦しそうにするが関係ない。 最近流れる頭の中の映像は吉武ばかりで、嬉しくてずっと観ていたくて、呆然とすることも増えたが、これほど幸せなことはなかった。 これなら、吉武も忘れないでいてくれる。 そう思った矢先に、開放、の言葉を聞いた瞬間、一気に視界から色があせていった。 手が震えた、足が震えた、唇も情けないくらい――。 「吉武が忘れないでいてくれるなら、俺は、ここに、いる」 そして、吉武のもとへ、堕ちていった。

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