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伊織(4)

 教授の言ってくれた言葉を頭の中で何度も繰り返した。  ――嬉しい……。  嬉しすぎて、泣いてしまいそう。  潤さんの代わりではなくて。  僕が潤さんに似ているからじゃなくて。  僕自身を大切に想ってくれている。  僕には、そう聞こえた。  でも……手放しで喜んじゃ駄目だって、どこからかもう一人の僕が囁いている。  大学で教授とよく目が合うから、もしかしたら教授も僕のことを少しくらいは……なんて思ってた時もそうだった。  ただの僕の勘違いだった。僕が潤さんに似ているから……。だから教授はいつも僕を見ていただけのことだった。  後で違うと分かった時にショックを受けないように、僕は自分の心に保険をかけておく。  傷つくのが怖いから、無意識にそうしてしまう。  言葉の意味なんて、人によって受け取り方が違う。  あやふや。曖昧。言葉って、はっきりしない時がある。  僕のことを『愛してる』と、言われたわけじゃない。  教授は、ただ大切な教え子と思ってくれているだけかもしれない。 「先生……。僕は大丈夫ですから」  項垂れている教授の頭を引き寄せて、柔らかく胸に抱きしめた。 「……岬くん」  教授が顔を上げて、綺麗な指先が僕の顎をそっと捕らえて、優しい口づけをひとつくれる。  教授は、僕と潤さんの間を無意識に彷徨っているのかもしれないけれど、『潤』じゃなく、ちゃんと『岬』と呼んでくれたのが嬉しい。それだけで嬉しい。  それ以上、欲張ったりしない。 「……服、やっぱりこっちにしようかな」  さっき手にしたVネックのTシャツを戻して、薄い青のストライプが入ったボタンダウンに手を伸ばした。  これなら、少しは首元が隠れる。  この痕を教授から見えないように隠したかった。 「そうだね。それを着て帰るといい」  そう言いながら、教授は立ち上がった。  ――え?  やっぱり教授は、今夜はどうしても僕を帰らせたいらしい。 「風呂の準備をしてくるよ。入るだろう?」 「……先生、僕は……ずっと貴方の傍にいます。そう約束しました」  ――今日は帰りたくない。  我儘だと分かっていても、無理を通してでも、そうするつもりだった。 「今日は家に帰って、明日からここに来ればいい」  だけど障子を開けながら僕に背を向けたまま教授が言ってくれた言葉に、僕は驚いて自分の耳を疑ってしまう。  ――先生、今なんて? なんて言ったの?  そう言いたいのに、声が出ない。 「……ここで暮らすのなら、ちゃんと家の人に許可を貰ってからにしなければね」  こちらを見ないで、静かな声でそう言い残し、教授は部屋を出て行ってしまった。

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