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伊織(5)

 *  僕と交代で浴室に入った教授は、10分もしないうちに出てきて、出掛ける準備をし始めた。 「車で送っていくよ」  大学から近い場所にある教授の家から僕の家までは、車なら真っすぐな一本道を走れば15分くらいで着くけれど、電車だと一回乗り換えなくてはいけなくて1時間近くかかる。  だけど、まだ遅い時間でもないし、毎日通学しているから1時間という時間も別に苦ではないんだけど……。 「そんな……大丈夫ですよ、僕。慣れてますから」  教授に送らせるなんて申し訳ない……と、思う一方で、送ってもらえば、もう少しだけ一緒にいられるという考えが頭の中にちらついていた。 「遠慮なんてしなくていいよ」  助手席のドアを開けて、早く乗りなさいと背中に置かれた手に優しく促される。  それだけで僕の気持ちは、“ もう少しだけ一緒にいられる”方を取ってしまう。 「はい」  素直に頷いて助手席に乗り込むと、教授はドアを閉めて運転席側へ回っていく。  教授が車に乗り込んでドアが閉まると、ふわりと洗いたての髪からシャンプーの香りが漂ってきた。  車の中という狭い空間で教授と二人きり。そんな初めてのシチュに、まるで初恋をした中学生みたいに胸が高鳴っていく。  なだらかな傾斜の坂道を下り、トンネルを抜ければ、海までの夜景が広がる。  家を出てから暫くは、お互い黙ったままだった。それが別に気まずいわけでもなく、滑らかに走行する車の中は、時間が静かに流れていく。 「……ご両親に、なんて言って許可を貰うつもりだい?」  突然教授が、フロントガラスの先を見つめながら訊いてくる。  僕は、ちらっと運転席の横顔を見上げてから、同じように進行方向の夜景へ視線を移して応えた。 「うちの父は、あまり煩く干渉したりしない人だから、勉強の為に先生の家に行くと言ったら、快く承諾してくれると思います」  岬の父なら、きっと許してくれる――それは確信していた。 「……お母さんは? ご両親二人の許可がなければ、来てはいけないよ」  教授が続けた言葉に、なんとなく……遠まわしに『今回は、諦めなさい――』と、言われてるような気がしてきた。  教授はまだ迷っているんだ。僕と暮らす事を……。  弟に似ているけど、弟じゃない僕じゃ愛せないから。 「母は……僕が小学校の時に死んだから……。今は父と二人暮らしなんです」  ――――え?……と、教授が小さく声を上げた。  信号が赤になり車が停車する。そこで漸く教授は僕の方へ視線を向けてくれた。

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