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伊織(8)
「え? でもそれじゃ先生が……」
先生が家に入れないんじゃ……と、言おうとした僕に、教授はふっと笑みを零した。
「大丈夫だよ。それは合鍵だから。ほら、ちゃんと俺も持ってる」
そう言って、教授はレザーのキーケースを開き、中を見せてくれた。
4連のキーホルダーには、今外した合鍵以外には、車のスマートキーと、今僕に渡してくれたのと同じ形の鍵が付けてある。
「一つしかない鍵を渡したら、俺は今日どこで寝ればいいんだい?」
笑い混じりの声で言われて、顔が熱く火照ってしまう。
「そ、そうですよね。ちゃんと持ってますよね」
苦笑しながら、そう応えたけど、頭の片隅には疑問に思っていた。
先生はいつも合鍵を持ち歩いているんだろうか? それって普通なんだろうか?
「じゃあ明日……。お父さんとはちゃんと話すんだよ。何かあったら連絡をくれるかい?」
「はい……」と、返事をしながら、僕は鍵を握りしめた。
さっきまでは……もしも教授が僕と暮らす事を良しとしないのなら、今回は諦めてもいいと思い始めていた。
流れのままに、自然のままに、身を任せようと思っていた。
きっとそれでも上手くいくと信じているから。
握りしめた手の中で鍵の存在がどんどん大きくなっていく。
なら、今はこの状況に、この流れに乗っても良いんだという自信が満ちてくる。
「先生、明日……先生の家に行けたら、一旦荷物を置いて、搬出のお手伝いにギャラリーに行ってもいいですか?」
「……ああ、いいよ。来てくれると助かる。昼過ぎから徐々に始めるから、その頃に来るといいよ」
そう応えてくれた言葉が、凄く嬉しかった。
教授の傍に居ても良いんだって許しを貰えたような気がして。
*
門扉を抜けると、芝生の中央に敷き詰めたタイルのアプローチが玄関まで続く。
レンガと木の茶色とベージュの外壁のナチュラルな色合い。二人で住むにはちょうどいい大きさの家だ。
僕は高校2年の夏の終わりから、僕と血が繋がっているという父親……岬一哉と二人きりで暮らし始めた。
リビングの窓から漏れる柔らかい光が、庭に面したウッドデッキを薄く照らしている。
灯りが点いているのだから、カズヤさんは帰っているはず。
玄関ドアのノブに手をかけて引くと、簡単に扉が開いた。
「……また鍵をかけ忘れてる……」
夜は特に気を付けてって、いつも注意するのに治らない。
いくら家に人が居たとしても、誰かがこっそり入って来て、気付かなかったらどうするんだ。
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