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伊織(12)

「教授の仕事を手伝いながら、傍で絵の勉強を続けたいんだ」  それは予め準備していた言葉だった。  いくらカズヤさんが僕のやる事にむやみに干渉したりしないと言っても、まさか『教授のことが好きだから』とは今の時点では言えない。  ましてや教授と僕は、はっきりと恋人とは言えない。  教授が僕のことを……弟の潤さんの代わりではなく僕自身を愛してくれる……もしもそんな時がきたらその時は……。  その時はカズヤさんには全部話したい。  だけど、今はまだ、二人の未来は霧に霞んで先が見えないから……。 「……それは、雨宮教授の許可を貰ってるのかい?」  真剣な眼差しで見つめられ、僕もまっすぐにカズヤさんと視線を合わせた。 「うん、もちろん許可は貰ってるよ。教授は、保護者の許可を貰えれば来てもいいと言ってくれてるんだ」  視線を合わせたまま、暫くの間お互い身動きもせず、沈黙が流れる。  静かな部屋に、時計の時を刻む音だけが小さく聞こえていた。 「――――ふーーーー」  大きく息を吐き出して、先に沈黙を破ったのはカズヤさんだった。 「いつかね……そう言われるような気がしてたんだ。雨宮教授がテレビの番組に出演していたのを見かけた時から……」 「……え?」  ――それって、僕が絵の勉強の為に家を出ていく事を言ってるんだろうか……。それとも……。 「子供が巣立って、自分の道を歩いていくのを留める事なんかできないけれど、やっぱりちょっと寂しいね……」  これでも親のつもりだからねー。と、カズヤさんは苦笑しながら言った。 「カズヤさん……」 「やっぱりちょっとビールでも飲もうかな。伊織も飲むでしょう?」 「え……あ、うん」  僕が応える前に、もう既にカズヤさんは立ち上がっていた。  そのままキッチンへと向う後ろ姿は、いつもと変らない。カズヤさんは今、何を考えているのだろう。  冷蔵庫から冷えたビールとグラスを二つ取り出してきて、それをテーブルの上に置く。 「えーと、栓抜き……忘れたね」  そう言って、またキッチンに行き、パタパタとスリッパの音をならしながら戻ってくる。  ――やっぱりちょっと、いつもと違う。  そう思った。  いつもどちらかと言うと、のんびりした印象だけど、心なしか、焦っているように感じる。  だけど食卓の椅子に腰を下ろした時には、いつものカズヤさんに戻っていた。  栓抜きの上部をビール瓶の栓に引っかけて、斜め上に栓抜きごと押し上げると、瓶内の圧力が一気に放出されて『ポン』という音が静かな部屋に響く。  カズヤさんは瓶ビールの栓を開ける時、決まってこの音をわざと出す。

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