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伊織(14)
迷いなく、きっぱりと言ってくれたあの言葉が、深く僕の胸に響いたことをよく覚えてる。
僕はまだ、この人のことを名前以外で呼べないけれど……でも多分、あの時にもう僕は認めていたんだと思う。カズヤさんが僕の父親であるという事を。
他の誰かの代わりでなく、僕自身を愛してほしい。その想いは今も変わらないけれど……。ふと教授の切なくて苦しそうな表情を思い浮かべると、胸の奥がツキンと痛んだ。
「沙織の写真も持っていくといいよ」
僕が窓辺に置いた写真立てに視線を留めたままだったから、カズヤさんは気を利かせてそう言ってくれたのだろう。
「でも……それじゃカズヤさんが寂しいでしょ? 大丈夫、写真はパソコンに取り込んで持っていくから」
元々そうするつもりだったんだけど、僕がそう言うと、カズヤさんは分かりやすいくらいに嬉しそうな顔をする。
「本当? 伊織はそれでいいの?」
「いいに決まってるでしょ」
――前にも同じようなことがあったな……。
あれは、初めてこの写真をカズヤさんに見せた時だ。あの時も、誰にでも分かりやすいくらいに嬉しそうな顔をしていたな。
カズヤさんの顔を見ながら、母さんは本当にこの人に愛されていたんだな……って思う。
「伊織……ひとつだけ言っておきたいことがある」
「……うん?」
急に真剣な表情で僕に向き直ったカズヤさんに、僕も姿勢を正して視線を合わせた。
「前にも言ったけど、ぼくはずっと君の存在を知らなかったことを悔やんでいた。でも生まれてきてくれたこと、こうして出会えて一緒に暮らせたことを、心から幸せに思ってる」
――僕も……あの時、カズヤさんと出会って、一緒に暮らすことを選んで良かったと思う。この5年間の暮らしは、いつも穏やかで本当に幸せな毎日だった。面と向かってそんなことは言えないけど……。
「伊織は成長して大人になって、自分の道を歩いていくけれど、ぼくはこれから先もずっと、何が起こっても君の父親でいるつもりだから……だから何かあったら、いつでも相談してきなさい」
――それが、この家を出ていくための条件だよ。
そう言葉を続けて、カズヤさんはいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
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