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伊織(16)
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家から駅までは徒歩10分くらいだし、緩やかな下り坂になっているからキャリーバックを引いて歩いても苦ではない。
本当はもっと早くに出発できたんだけど、通勤通学のラッシュを避けたくて、少しゆっくりな時間に家を出た。
時間をずらして良かったと思う。
ラッシュを過ぎて、車内は乗客もまばらだ。
僕は座席に座り、窓の外を流れていくまぶしい景色に目を細めた。
鬱陶しかった梅雨が明けたんだな……と思う。
昨夜、車で通った時は真っ暗で見えなかった海が太陽の光に輝いていて、すっかり夏色をした青の空がまぶしかった。
――今日から新しい日々が始まるんだ。
電車を一度乗り換えて、そこからは15分くらいで教授の家の最寄り駅に着いた。大学も同じ駅で降りるから、もう明日からは通学に電車を使わなくてもいいんだと思うと、少しホッとする。
高校の頃ほどではないけれど、やっぱり満員電車は気が重くなる。
駅から歩いて15分の教授の家に着いた時は、もうすでに11時を回っていた。
教授の車が無いから、もう会場に行っているのだろう。
――朝から行くって言ってたもんね……。
遅くなってしまったなと少し焦りながら、教授に貰った合鍵で玄関を開けて中に入った。
「……おじゃまします……」
誰もいない家の中に向かって言ってみた小さな声は、静かな空間に消えていった。
外は日が高くなり、汗をかくくらいに暑いけれど、家の中の空気は少しひんやりしていて微かに漂う木の匂いが心地いい。
古い木造家屋の家は、僕の生まれ育った家に少し似ている。
そのまま誘われるように一度靴を脱いで上がりかけて、足を止めた。
搬出作業は昼過ぎから少しずつすると言っていたから、もうあまり時間がない。
せっかく行っても、作業がなくなっていたら申し訳なさすぎる。
とりあえずキャリーバックは、このまま玄関のたたきに置かせてもらおう。急いで個展会場に向かわなくては。
外に出てしっかりと鍵をかけて、今来たばかりの駅への道を走って戻って行った。
――――早く教授に逢いたい……。
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