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伊織(17)
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会場には12時を回った頃に着いた。
今僕が立っているところから道路を挟んで向こう側、入り口側前面がガラス張りになっているギャラリーは、外から見る限り昨日よりも人が多い。
だけど僕の視線はすぐに、受付付近に立っている背の高い黒髪の人を見つけた。
普段はあまり見ることのないスーツ姿がかっこ良くて、つい見惚れてしまった僕に教授が気づいて、ガラス張りの向こうから小さく手を上げてくれる。
「おはよう岬くん」
嬉しくて小走りで道路を渡り、中へと入っていった僕に、教授が声をかけてくれた。
「おはようございます。遅くなってすみません」
大丈夫だよと応えてから、教授はさりげなく僕の耳元に顔を寄せて小声で囁いた。
「お父さんの許可は貰えた?」
「……はい。快く許してもらえました」
「そうか」
安心したような、少し困ったような、どちらとも言えない表情からは、教授の本心が見えない。
「あの…………」
――迷惑じゃないですか……。
今更とは思うけど、そう続けようと思った言葉が、教授の誰かを呼んだ声に遮られてしまった。
「――――あ、朔! ちょっと、いいかい?」
「はい」
近くを通りかかった“朔 ”と呼ばれた青年が一旦足を止め、こちらへ歩み寄って来る。
スラリと背が高く、ブラウンの髪をふわっと後ろに流すように無造作にまとめていて、無地の水色のシャツにコットンのパンツというシンプルなスタイルなのに、まるでモデルのように見える。
クールな印象の切れ長の目が、教授の目の前に立つと、ニコッと微笑んで柔らかな雰囲気に変わった。
爽やかなイケメンで、この人きっとモテるだろうな……と思う。
「朔、彼は学部生の岬くん。搬出の手伝いに来てくれたんだ。指示をしてやってくれるかい?」
「はい。あ、その前に……先生、今のうちに先に飯行ってもいいですか?」
「ああ、そうだね。朝からだし腹が減っただろう? 他のメンバーと交代で休憩してくれ」
どうやら彼は院生らしい。そう言えば受付をしている人達も院生だ。
今日は何人くらい手伝いに来ているんだろう。
「じゃあ岬くん、行こうか」
そう言って、朔と呼ばれた人が僕の肩をポンと叩く。
「え……いえ僕は……」
――今来たばかりだし……と言いかけた僕に、教授が軽く背中を押して促した。
「君も行っておいで、お昼まだだろう?」
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