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伊織(18)
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ギャラリーに隣接しているカフェで、朔という人はボリュームのあるチーズハンバーグがメインのワンプレートを、僕はサンドイッチを注文した。
「改めまして、オレ、石田朔也 。一応今日の搬出作業のリーダーってことになってるから、分からない事は何でも気軽に訊いてね」
二人用のテーブルで向かい合わせに座り、朔さんはフレンドリーに話しかけてくれる。
――――名前……“朔也”って言うんだ……。
何となく……教授が彼のことを“朔”と呼んでいたことが、さっきから頭の片隅でモヤモヤと引っかかっていた。
「……絵画コース4年の岬伊織 です。今日はよろしくお願いします」
こちらも無難に自己紹介をしたものの、昔から人付き合いが苦手な僕は、その後の言葉が続かず黙り込んでしまう。
“人見知り”とは少し違うと思うけど。初めて会う人には、なんとなく線を引いて距離を取ってしまう。
でもこういう場面を経験する度に、
――まずは相手を想い、歩み寄らないと、何も始まらない。
と教えてくれた高校の担任の言葉を思い出して、知らずに硬くなっていた全身の力を抜いた。
「“岬”って、最初名前だと思ったんだけど名字だったんだね」
そう言われて、さっきからモヤモヤと気になっていた事が一気に膨らんできてしまう。
「雨宮先生が“岬くん”と呼んでたから、俺もそう呼んでいいかな?」
「……はい」
教授が学部生を名字以外の名前で呼んでいるところは見た事がない。だから僕も今まで気にしたこともなかったけれど……。
「岬くん、サンドイッチだけで足りるの?」
「……え? はい、大丈夫です」
ふーん、小食なんだね。と言いながら、ハンバーグを口に運ぶ目の前の人から視線が外せなくなってしまった。
――どうしてこの人だけ、教授は名前で呼ぶんだろう。それも朔也ではなく“朔”と呼ぶのは、特別に親しいからなのだろうか。
「雨宮先生は、石田さんのことを“朔”って名前で呼んでましたね……」
考え出したら頭の中がその事でいっぱいになってしまい、思わず口に出してしまっていた。
「え? あぁ……。先生はわりと周りの学生を名前やニックネームで呼んだりするでしょ?」
「あ、いえ……。僕の周りでは、名字で呼んでるところしか見た事なかったから、ちょっとびっくりして……」
院生の方が距離が近いと言う事なのかな。
「ああ、名字で呼ばれてるやつもいるけど……。多分、学生同士で呼び合ってるのをそのままと言うか、呼びやすいように呼んでるんじゃないかな」
「……そうなんですね」
「岬くんも、オレのこと気軽に“朔”って呼んでくれて構わないからね」
「あ……はい。じゃ、朔さん……」
僕がそう返すと、朔さんは目元を緩めて穏やかに微笑んでくれた。
とりあえず、この人だけが特別という訳ではないと分かってホッとしたけれど、小さなことに拘ってしまった事に今更恥ずかしくなって顔が熱く火照ってしまう。
「ところで……」
そんな僕の顔を覗き込むようにして、朔さんが目を合わせてきた。
「岬くんは、もしかして……“ガニュメーデース”なのかな?」
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