＊ 　教授の家に着くと、朔さんはすぐに、『Ａｑｕａｒｉｕｓ』を車から降ろした。 「先生、これ２階に上げておきますか？」 「ああ。頼んでいいかな？」 　朔さんは「任せてください」と言いながら、大きな絵を持ち上げる。 　キャンバスサイズはＦ１００号と、そこそこ大きい上に、額縁を装着したまま梱包しているから、結構重いはずだった。 　しかも教授の家の階段は、わりと傾斜がきつい。なのに、朔さんは当たり前のように一人で運ぼうとしている。 「朔さん、僕手伝います」 　慌てて駆け寄ったけれど、「いや、いい」と断られてしまった。 「ありがとう。でもこの家の階段、わりと狭いし急な傾斜だからさ、二人で持つより一人の方が運びやすいんだよ。搬入の時もオレが下ろしたし、大丈夫、慣れてるから」 　そう言われたら、僕は作品から手を離すしかなくて、少し離れた位置から玄関を入っていくスラリとスタイルの良い後ろ姿を見送った。 　朔さんは、あの大きな絵を抱え、玄関で靴を脱ぎ、高めの段差の上り框を難なく超えていく。 　そして、迷うことなく階段へと向かい、トントンと子気味良いリズムで２階へと上っていった。 　――慣れてるんだ……。 　これが初めてじゃなくて、朔さんはいつもこうして手伝ってたんだ。 　僕だけがこの家の中を知ってると思ってた。 　 　教授は、朔さんが僕のことを気に入ってるから釘を刺したって言ったけど、彼が教授に憧れて他の大学から院試を受けに来たって知ってるのかな。 　なんだかちょっと妬ける……。 　朔さんは、同じように僕に対して妬けるって言ってたけど、その気持ちが、今何となく分かった気がする。 　――僕も早く院生になりたい……。 　程なくして２階から下りてきた朔さんが玄関に姿を見せて、その間に、もう一人の院生が車からもう一枚の作品を降ろし、教授に手渡していた。 　綺麗に梱包されているＦ３号くらいの小さめの作品は中身は見えないけれど、それは確かにあの時描いていた『岬』の絵。 　受け取った教授は大切そうに胸に抱きかかえていた。 「先生、じゃオレらは大学に寄ってから帰ります」 「お疲れ様。今日は色々と助かったよ。ありがとう」 　車に乗り込む二人に教授が声をかけて、振り向いた朔さんは、クールな印象の切れ長の目をやわらげ、ニコッと微笑む。 「いえいえ、金曜日の打ち上げの時に、たっぷり奢ってもらいますから！」 　そして最後に車の窓を開けると、朔さんは僕に手を振りながら、「岬くんもおいでよね。打ち上げ」と、言葉を投げてくる。 「え……っ？」 　僕が返事をする間もなく車が動きだして、あっと言う間に、その大きな車体が小さく遠退いていく。 　不意に隣に立っている教授が、クスッと小さく笑った。 「良かったら、岬くんも来るかい？　打ち上げ」 「え……僕は……」 　行かないと言いかけてやめた。 「……いえ、はい。僕も行かせてもらいます」 　教授と朔さんが一緒に飲むなんて……やっぱりちょっと妬けるから。