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伊織(27)

「岬くんも、この本を読んでるとは驚いたな。俺が読んだのはもう20年以上も前なのに……。こんな偶然あるんだね」  ――本当……。偶然過ぎて、僕も驚いてる。 「その本の著者、鈴宮武志は僕の父なんです」 「……え? 岬くんのお父さん? ……でも、鈴宮武志は確か本名だったと思うんだけど……」 「はい、本名です。鈴宮の父は、僕が生まれた時、母と結婚していたんですけど、僕とは血は繋がってません。今は実の父親の籍に入ってるので岬なんです」  ――――僕には父親が二人いる。  一人は、僕が生まれる前に母さんの恋人だった人で、僕の実の父親。それがカズヤさん。  そしてもう一人は……  母を愛して、僕を本当の息子として育ててくれた“父さん”。その人の名が鈴宮武志。  血の繋がりはないけれど、僕にとっては父親。  母さんが死んでも、その関係はずっと続くと思ってた――カズヤさんが実の父親だと知るまでは。  僕はまだ幼くて、その事で父さんが僕を手離してしまうんじゃないかと不安だった。  ずっと、父さんの息子でいたかったから。  父さんも同じように思ってくれていたのに……。あの中学一年の夏祭りの夜、父子の関係は崩れてしまった。  僕が見ず知らずの男達に凌辱されたことを、父さんに知られてしまったから。  あの時、父さんに一線を越えさせてしまったのは、僕のせいだった。  父さんに犯されて味わった身体の痛みや苦しさ。  でも、それ以上に、僕はあの時父さんに抱かれて嬉しかったんだ。これでもう、父さんは僕を手離したりしない。ずっと父さんの傍に居られると思って。  あの頃の僕は、それが……愛すること、愛されることだと、間違った想いに囚われてしまっていた――――  僕の運命の糸は、確かに教授に繋がっていると感じるけれど、すぐに解けないくらいに複雑に縺れあってる気がする。  もしも教授が鈴宮武志の顔を知っているとしたら……誤解するかもしれない。父さんに似ているから、僕が教授を好きになったんだと。  最初のきっかけは確かに否定はできないけれど。でも今は違うとはっきり言える自信はある。  だから、いつか教授も、潤さんじゃなく僕のことを……と、淡い期待をせずにはいられない。 「……そうか。君の家庭も複雑だったんだね」  と、教授がぽつりと言葉を零す。  教授もきっと、潤さんのことや過去に何があったのか、僕には全て話してはくれないと思う。  僕も過去の全てを教授に告白するなんて出来ないのと同じように。 「その本に書いてある内容は、主人公と女性の名前は違うけど、ほぼ鈴宮の父と母の実話だと思います」  僕の言葉に、教授は驚きの表情を浮かべたまま、僕と本を何度も交互に見ている。  書かれてることが全てではないけれど、その本が僕の過去の一片を説明してくれる。 「……そう言えば……、主人公の想い人は妊娠していて、生まれてきた子供に主人公が名前を付けたんだよね。その名前が確か……」  本の表紙を見つめていた教授の視線が、ゆっくりと僕へと移る。 「…………伊織。君の名前だね」

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