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かりそめ(4)

 二人でほぼ同時にプルタブを上げた音が、静かな空間に響き渡る。  軽く缶同士をぶつけて、教授は「おつかれ」と微笑んだ。  僕は、心地良く冷えた缶に直ぐには口を付けず、隣に座る教授を盗み見るように、そっと見上げた。  少し溢れた泡を掬うように飲み口に唇を付けて、コクコクと音を立てながらビールを喉へと流し込んでいく。  くっきりと浮き出た喉仏が上下しているのが、なんだかセクシーで、僕はつい見惚れてしまっていた。 「どうした? 飲まないのか?」  そんな僕の視線に気付いた教授が、不思議そうに僕を見つめる。 「――あ、いえ……!」  慌てて飲み口に口を付けて勢いよくグビグビと飲んでいると、頭の上からクスッと小さく笑う声が聞こえた。  炭酸が適度に喉に沁み、通り過ぎていく感触が心地良いのと同時に、一気に顔が火照ってしまう。  それがアルコールのせいではないのは自覚していて、恥ずかしさで教授の顔を見ることができずにいた。 「お盆には実家に帰る?」  そんな僕を知ってか知らずか、教授は別の話を振ってくる。 「……いえ、帰らないつもりですけど」  教授と一緒に暮らし始めて、まだ一ヶ月も経っていない。今は片時も離れたくない気持ちが大きかった。 「でも、心配しているんじゃないか? 大切な息子がどこの馬の骨とも分からない男と、突然一緒に暮らすなんて言い出して」 「そんな! 馬の骨だなんて。父にはちゃんと先生のこと話してありますから」  岬の父親は、僕のやる事にむやみに干渉したりはしない。ちゃんと話せば分かってくれる。  今回の事も、教授の仕事の手伝いをしながら絵の勉強を続けたいことを伝えれば、快く許してくれた。  だけど……、教授が僕の恋人だと言ったら、やっぱりダメだと言っただろうか。 「それでも……」と言って、教授はビールを一口飲んで僕に目を合わせる。  漆黒の瞳は艶やかで、それでいて優しく僕を見つめていた。 「お盆はやっぱり帰っておいで」  優しい声で諭すように言われて、胸の奥がツクンと痛むのを感じる。  お盆には僕じゃなく、教授が愛するただ一人の人と一緒に過ごしたいと言われた気がした。 「……嫌です。僕は帰らない、先生と一緒にいたい」 「……伊織」  我儘を言ってしまった自覚はあって目を逸らせば、教授は優しい声で僕の名前を呼ぶ。 「この浴衣、潤さんのものなんですよね」  だけど思い留めていた本音が口を衝いて出ていってしまう。 「ああ、そうだよ。潤の為に作ったけれど、潤は袖を通したことはない」 「……じゃあやっぱり家には帰りません。だって僕は……」  そこまで言いかけた時だった。不意に東の空の方から雷のような音が聞こえてきて、僕は驚いて言葉を止めて身を竦めた。

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